THE PLANETARIUM
自分の容姿は、人よりも優れているのだと、ブルーは自覚している。しかし、その事実を、全く好意的に受け止めてはいなかった。むしろ、言葉にはしないものの、忌々しいとさえ、感じている。
人がどれほど、他人の外見に左右されるのか。それを思い知るには充分なほどの経験を、ブルーはしてきた。無神経に押し付けられる興味や好意には、もう、うんざりしている。近寄ってくる大人だって、ブルーの内面を何も分かろうとしない、無自覚に残酷な人ばかりだった。
幼い頃に思った。
どうせ好意を持たれるのなら、性格で持たれたい、と。だから、容貌に惹かれるだけの人々から、一線を引くために楯を作った。それが無表情だった。いくら綺麗な顔でも、動かなければ、作り物めいてきっと魅力的ではない。
そして実際に、そんな彼を前に、いつまでも残る人は、めったに居なかった。勝手に近づいてきた人々は、勝手に失望して、去っていった。
ほっとした。
いつしかブルーは、顔を、自分の意思でも上手く動かせないようになっていた。それは、確実に異常なことで、ブルーの両親や数少ない友人たちは、心配した。けれどブルーは、それでもいいと思った。心配する周囲を、宥め続けて、結果、ろくに診察を受けたこともない。
それほどまで、ブルーは自分の容姿が、鬱陶しくて仕方がなかった。
けれど。
(ジョミーは、ぼくの見た目に、好感を持ってるだろうか、)
そんな風に思ったことは、一度や二度じゃない。
自ら表情を捨てたブルーが、するべきでない期待だった。分かっていても、もしそうなら嬉しいと、ブルーは思った。厭わしいこの容姿が、初めて、誇らしく思えそうだった。
そうまでして彼の好意を欲する自分が、滑稽で、浅ましくて、可笑しかった。けれど、期待は止められなかった。
なのに、今の自分は何なんだろうと、ため息をついた。一方的に誘ったという後悔が、ブルーの内で渦巻く。もしかしたら、折角築かれた今の関係さえ、脆くも無くなってしまうかもしれない。それよりもまず彼が来ないことを、確認しなければならない。たとえ一方的にでも、約束をしてしまった自分への罰のようだった。傷つく自分が目に浮かぶようで、怖い。
気が挫けそうになりながら、それでもブルーは、目的地に向かって歩いた。
ブルーにとってはやっと、という感慨とともに、駅が目に入った。
瞬きをした。
そして、始めに視界に入った人物が、ものすごい勢いで近付いてくるまで、ブルーは、一歩も動けなかった。
「おい!一体どういうつもりだっ!」
聞き覚えのある声で怒鳴られて、ブルーは、まじまじとその人物の顔を確かめた。見慣れた制服を着てこそいないが、間違いなく、ジョミーだった。
彼は、首元までジッパーのある細身の黒の上着に、同色のジーンズを履いていた。黒の統一が、むしろ彼の金髪とぺリドットの瞳を際立たせる。
思い切り肩を怒らせて、ブルーを睨みつけている。
そうか、私服はラフなんだなと、妙に納得した。飾り気の無さが、いかにもジョミーらしかった。
「待ち合わせはいいけどな!時間を云わなかっただろう!」
あ、と思わず声を漏らしてしまった。そういえば、ブルーは、曜日と場所だけを言って、逃げてしまったのだった。そのあともブルーはむしろ彼を避けるようにしていた。
しかし、そんな不手際があったにも拘らず、彼がこうしてここに居るということは、と、そこまで考えて、ブルーは、信じられないような気持ちになった。
来てくれたのだ。あのジョミーが自分と出かけるために、会うために。こうしてわざわざ来たのだ。
「ぼくがどれだけ、」
「ジョミー」
続くジョミーの言葉も、上手く脳まで届かない状態で、ブルーはぽつんと呼びかけた。
ジョミーが、遮られた不満も加わって、殺気立った様子で、そんなブルーを睨みつける。普段からしかめ面が多い彼のことだ、堂に入ったような迫力があったが、ブルーは怯むことなく正面からジョミーを見据え、呆然と問いかけた。
「そんなに前から、待っててくれたの?」
不自然に、間が開いた。
さすがにジョミーは、口開けたままにするなんて不格好なことをしなかった。しかし、ブルーにとっては驚くべきことに、ジョミーは目を見開いて固まった。
図星だ。ブルーがそう確信した途端、ジョミーは、ぎくしゃくとした動きで一歩下がった。息が触れそうなほど近くにあった両者の距離を、ジョミーはやっと認識したらしい。顔を強張らせ、眉間には先ほど以上の皺が寄っているが、その頬に、かすかな赤みがさしたのは、ブルーの見間違いではない。もしブルーの顔が自由に動くとしたら、この時の表情は、きっと満面の笑みになっていた。
「別に、」
既に、ジョミーの態度は、平素以上に素っ気ないものになっていた。けれど、彼の手にはしっかりと、例のチケットが握られていた。結局のところ、理解しがたく不器用なのは、お互い様かもしれないと、ブルーは心の中で苦笑した。
作品名:THE PLANETARIUM 作家名:ぺあ