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THE PLANETARIUM

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座席の背もたれに、ブルーは指を滑らせた。しっとりと、ベルベットのような手触りがした。チケットのデザインの良さから期待した通りの、素敵な劇場だった。わくわくする気持ちを抑えて、改めて、背もたれに体を預ける。もう周りの席も満員のようだった。控えめなざわめきが、波打つように絶えない。やはり話題になっているらしい。
気になって隣を見ると、落ち着かない顔をしたジョミーが、今はただの天井にしか見えないスクリーンをぼんやりと見つめていた。人間が嫌い、と言い切ったジョミーの言葉を思い出し、ブルーはやっと己の犯した失敗に、気付いた。こんなに人の混みあう、密度の高い場所に、連れてくるべきではなかったのかと、思う。焦燥感が込み上げた。
「……大丈夫?」
「何が」
だから、恐る恐るかけた言葉に、存外に静かな声が返ってきたとき、ひとまずブルーは安堵した。ジョミーは嫌なことは嫌だと、遠慮なく云ってのける少年だ。だから、ブルーの心配するほど、この場所は彼にとって苦痛ではないのだろう。たとえ幾ばくかの煩雑さを感じているにしても、それを声に出さない程度には、平静を保っている。少々、ブルーのほうが、心配しすぎたようだ。
バックミュージックが、少しずつ音量を増してきたことに、ブルーは気がついた。
他の観客たちも気付き始めたらしい。人々のざわめきは、いつしか収束していった。やわらかい旋律が、空間に満ちていった。きれいなのに、どこかに哀しさを潜ませたような曲だと、ブルーは感じた。
初めに見えたのは、無感情な、白い光だった。
耳障りな、機械音のようなものが、バックミュージックに混じり、大きな瞳が数秒だけ、立体映像で現れた。監視されるような感触の、その目線に、ブルーは自身の背筋が粟立ったのが、わかった。
―――これはプラネタリウムという形を借りた、架空の歴史の再現です。
唐突に、旋律のなかへアナウンスが割り込んだ。同時に映像が切り替わり、幾万もの星々が浮かぶ宇宙が、眼前いっぱいに広がった。
―――もう遠い昔のこの物語を、正しく知ることは、出来ません。推測に推測を重ねた、これが、全てです。
ゆっくりと、立体映像が、弾けた。
広大な宇宙のなか、ひとつの星が近付く。授業で習った昔の人工惑星に似ている、とブルーは気付いた。どんどん近付く、焦点が定まらない中、何かが崩れる。明確な映像ではなかった。先刻の機械音。炎のような赤い光が、惑星の上で踊り暴れ狂う。
星は、消えた。
今度は、ゆっくりと、ブルーの見たことのない赤い惑星が、現れた。沢山の星たちの中で、宿命のように赤い星だった。
それが光によって、切り裂かれる。幾つも重なったかすかな悲鳴めいた声は、歌のように聴こえた。届いてくる。何が起こっているのか、判然としないのに、気圧される。幾筋もの光が鋭く瞬く。小さな、爆発音。漣のような声。赤い星は、ひっそりと消えていった。破壊された、という言葉のほうが的確かもしれない。だが、ブルーの目には静かなバックミュージックと、踊る光はどことなく厳粛で神聖に映った。だから、消えた、と捉えた。
息を下手な具合に飲み込むような音が、すぐ傍でしたような気がした。気になったが、横は向けなかった。上映中にきょろきょろとして、彼の邪魔になるかと、気を使った。
再び、暗闇に取り残される。
赤黒い、ひとつの星が、徐々に見えてきた。先ほどの赤い星とは全く違う、吐き気を覚えるような、汚れきった色だった。
こんなに穢い星もあるのかと、不審と嫌悪感が、ブルーの胸にかすかに込み上げた。その絶妙なタイミングで、優しい旋律が、耳朶に染み込んでくる。ソプラノ。澄んだ声が歌う。少女の、アリア。誰かの哀しみを、慰めるように。
また、拙い呼吸の音が、聞こえた気が、した。今度こそ、ブルーは、隣を見て。
凍りついた。

作品名:THE PLANETARIUM 作家名:ぺあ