ロリポップ
怖いっていうか、お前がいつも怒らせてるんじゃないのかと思いつつも、昼休みが貴重で、かつわずかな時間であることには変わりないため、無駄に時間のかかりそうな案件に対しては今は何も言わないでおく。俺たちもこいつが邪魔、いや参加するのもすっかり慣れており、正直こいつが入ってきたところで話が脱線することも少なくなってきた。これも2年目に入った俺達の成果のひとつなのだろうか。ことに今日はいつになく大人しいので議題もサクサクと進むと思いきや、突然手が横から襟足のほうへ伸びてきたのを感じた。
「うわっ!何すんのおまえっ!」
「いや、栄口にはめずらしく寝グセが、ね?ほら」
花井と阿部の完全スルーした態度が、声を大きくあげてしまった自分をいっそう恥ずかしくさせる。夏大前のいよいよ本番に近づいてきた一番大事なこの時期だ、話し合いにもつい熱が入る。いつもなら阿部の喝が入りそうなところだったが、その阿部ですら一瞬こちらを見たものの、すぐに話題に戻ってしまう。普段怒鳴り散らす人間からのスルーな態度は、とてつもなく、痛い。
「お前タイミングってものを考えろよ」
「えへへ、ごめんごめん。もう大人しくしておくから?ね?」
少しのハプニングはつきものだ。これまでと同じく、話し合いはなんとか支障を来さない程度に進んでいく。
ハプニングの当事者は空気をそれなりに読んでか、黙ったまま議題の進行具合を、楽しいとはとうてい思えない内容であるにもかかわらず、なんだか楽しそうに聞いている。不思議な奴だ。と思えばもうほかの誰かに声をかけられていて、今ではクラスメートと何やら話していた。
「栄口、集中」
「あ、ごめん」
逆に俺のほうが怒れられてしまった。こいつと一緒にいると、時々調子が狂う。
それから10分ほど経過した。
巷で首脳会議と噂されるミーティングはなんとか予定通りに終わりそうだった。
そんななか、俺のとなりにいるヤツはあろうことか口を大きく開けて、すやすやと寝ていた。
「うわー、寝てる……」
「よくもまあ、俺らが話しあっている間に堂々と……俺は今日、一度もコイツを殴らなかった俺自身を褒めてあげたい」
「まあまあ、阿部、話し合いも終わったことだし、今回はいいんじゃね?って、栄口!??」
「……え?」
「栄口、お前。なにやってんのかわかってんのか?」
「なにが?」
水谷のぽっかり開いた口に棒つきキャンディを入れようか入れまいか思案していたところに、ふと阿部の声に呼び止められた。
「だから、境界線ってやつだよ。お前ソレ今、だいぶ危機的状況だぞ」
境界線?危機的状況??
訳のわからない阿部の台詞にまったく興味が湧かず、俺はなおもあんぐりと開けっぱなしの大きな口と、キャンディの虜になっている?。
「ああもうだからな?お前、今まで自分でそのアメ、買いたいなんて思ったことあったか?」
「いや、ないけど」
「そうだろ?ましてやカバンに常備させるなんてこと、あったか?」
「いや、ないけど」
「え、カバンにいつも持ってんの?」
「だってすぐ欲しがるんだもん」
「な?やばくね?花井、お前も栄口に言ってやれ」
「もう完全にコイツに呑まれちまってんじゃねーの!??」
確かに自分で棒付きのアメを買うなんてこと、高校に入ってからは一度もなかった。食べたいとも思わなかった。むしろその棒は邪魔で、いらないんじゃないかと思う。けれどこいつにあげる度に、ほんの数十円のキャンディひとつにまるで高価な腕時計をプレゼントされたかのような満面の笑顔で喜ばれ、嬉しがられたら、また次もあげたくなってしまうのは、ヒトの道理ってものではないだろうか。
「でもまあそれでコイツも喜んでんだし、いいんじゃね?」
「花井は甘いな。それが悪いんだよ。俺に言わせれば、お前らの親密さ、異常。」
「はぁっ!??」
まさか阿部に言われるとは思わなかった。お前こそどれほどに三橋と親密なんだ。いくらバッテリーの関係だとはいえ、お前らこそ異常だぞ異常。いやそれでも三橋も納得していて、それで俺らのバッテリーがうまくいってるんならそれでいいやと周りの俺たちもようやっと納得したっていうのに、どうしてその当人である阿部にアイツと俺のことを異常と言われなければいけないのか。てゆうか異常っていう言い方、ひどくないだろうか。俺らは阿部と三橋の関係性を異常と言ってはいるものの――
(だって、異常じゃん!そんな阿部とは一緒にされたくない……!)
「俺と三橋は異常なくらいでいいんだよ、バッテリーだから」
「なんだそれ!」
「や、俺は栄口が変態への道へと進まないように心配してんだよ」
「色々ツッコミたいけど、とりあえず阿部、今の言い様は阿部自身も変態のように聞こえんぞ!」
「阿部が変態なのは分かるけど、俺は変態じゃないし!」
「栄口まで…!」
ますます混沌と化した変態のなすりつけ合いよりも、俺はまだ今も安眠しているとなりのヤツの口に棒付きキャンディを入れたくてうずうずしている。こいつが起きてからのリアクションを想像すると面白くてたまらない。
「栄口はさ、まじで自覚ないわけ?」
「え、花井まで俺を変態扱いにしたいワケ?って、あ、起きた」
結局キャンディは包装をほどかれた状態で俺の親指と人差し指に握られたまま、あてもなくふらついている。
「うわっ、みんなごめんオレ寝てた!……ん、あれ?これ……もしかして、オレにくれるの?」
これまでの状況を知らない幸せなヤツは、オレにあてもなく握られたままのロリポップキャンディを見て、さっそく嬉しそうにしている。自分以外の誰かのために宛がわれたものとは考えていないらしい。
「あ、うん、そうだよ」
なんという図々しい奴だと思わなくもないが、実際俺もコイツ以外の誰かにわざわざキャンディを用意するはずがない。「オレの好きなプリン味じゃん!さすがは栄口!」などとまたこんなチープなキャンディひとつで大喜びされてしまえば、そんなのどうでもよくなる。むしろそんな厚かましさが可愛くみてとれる。
「俺はな、栄口。お前が俺みたいな変態になりはしないかと、心配してんだよ、これでも」
「ちょ、阿部!自分が変態だって認めてやんの!」
「お前なァ……話の筋も見えてねえクセに、起きてすぐ話に入ってくんなっつーの!」
「だって阿部と栄口を一緒にしたら、栄口に失礼じゃん!あはは!まじウケる!」
自分と同じクラスメート兼チームメイトのいつもの言い合いに花井が頭を悩ませている頃、ちょうど5限の予鈴が鳴った。会議もひと段落ついて1組に戻ろうと支度をしていると、阿部が再びくだらない質問を投げかけてきた。
「お前さ、このミルクティとアメばっか食ってる甘々なヤツのこと、なんだと思ってんの?」
「何だって……友達じゃねえの?」
「友達にしては、仲良すぎとか思わねえわけ?」
「あ、阿部!それ以上ふたりを刺激しすぎては余計に…!」
「もう、阿部も花井も今日おかしいんじゃね?仲悪いより仲いいほうが全然いいじゃん」
そして俺は、今一番一緒にいて楽しい、そして気になって仕方がない奴の名を呼んだ。
「な!みずたに!」
「ん?そうそう!仲良しが一番じゃん?」