福引
「はい、ティーッシュッ! どうぞーッ」
テンション高く、係りの人が喜びのニコニコ笑顔でティッシュを渡してくる。外れたときのほうが喜んでいるように見えるのは気のせいか。
その笑顔を下からにらんで、時任は『ちっくしょー……』と悔しそうに低くつぶやく。
受け取った久保田のほうは、たとえ世の中に何があっても変わらないのではないかというほどのんびりと言う。
「いやいや、ティッシュもね、あればあるほどいいっていうか……それなりに役に立つもんよ?」
「そんなに鼻かむのかよ」
口を時任の耳に寄せるようにして、それなのにはっきりとその場に聞こえる音量で、久保田は笑みを浮かべて言う。
「いや、ウチでよく濡れるトコあるでしょ……?」
「ああ……」
時任の頬がポッと赤くなる。
「……」
辺りの微妙に張りつめた空気の中、ふたりの声が重なった。
「「床」」
『そうそう』と時任がわかった嬉しさで続けて明るく言う。
「よくコーヒーとかこぼすんだよなっ」
「ゲームとかしててね。アレいちいち拭くもの探すのが面倒で……」
「こぼれてもちょっとだけなのに。……あれ、桂木?」
額をおさえていた桂木が顔を上げて引きつった笑みを浮かべて言う。
「も……もお、いいわよ……」
その声は、怒りを押し殺した低い声だ。
係りの人が凍らせた笑みを引きつらせて声を上げる。
「つっ……次の方、どうぞーっ」
「ン、俺、俺」
『やるぞ』とばかりに袖まくりをし、勢いよくガラポンを回し出す。
「よぉーしっ、出ろ、当たり!」
ガラガラガラッ……ポトンッ。
トンットンッとはねたのは、赤。
「はい、ざぁーんねんっ。ティッシュでーすッ」
「あ……あれ?」
時任はガラポンを握ったまま硬直する。信じられないというように、呆然として。
後ろで藤原が『ほら』とあきらめ半分につぶやき、慰め半分に桂木が言う。
「そう当たりは続かないわよね」
「まっ……まだまだぁッ!」
「時任」
ぐっとガラポンを抱え込むように身を乗り出す時任の背中をちょいちょいと久保田がつつく。
振り向く時任に、自分を指差して『自分の番』と示し、ピッとその指で時任を差す。
「あと2回やっていいけど?」
『自分の分もどうぞ』という意味だ。久保田は眼鏡の奥の細めた目を、機嫌よさそうにさらに細めて言う。
「時任のほうが運よさそうだし?」
……というよりは、『おまえやる気ないだろ』とその場にいる幾人かが思った。
「マジで? くぼちゃん、サンキューッ」
素直に嬉しそうに時任が答える。無邪気に夢中になって楽しそうだ。
スッと背を伸ばして、さりげなくポケットに片手を入れ、眺める構えの久保田を横目でちらっとにらんで、桂木がぼそっと言う。
「……今、久保田くんのポケットから一等の玉が出てきても、私は驚かないわよ……」
「そう? それは結構驚きなんでない?」
首を傾げて言って、久保田はさらに考えこむようにして言う。
「別のは仕入れられるけど、これは難題だなぁ。パチンコ玉じゃダメ?」
「駄目じゃない?」
周囲からすれば『おいおい』というようなことを平然と話している。もちろん、本気ではない。……はずだ。
「事前に知っていればねぇ」
初めて本当に『少し』残念そうに久保田がつぶやく。そんな久保田を、本当に焦りの色を浮かべて心配そうに桂木が横目で眺める。そして視線を今まさにガラポンを回さんとする時任に移した。目に、『当たればいいのになぁ……』という祈りが見られたが、それだけではなく、複雑な感情が見てとれた。