福引
様々な思惑を含んだ視線の集まる中、ティッシュを黙って受け取った時任は、『今度こそ』と気合とともに大声を出してガラポンを回した。
「当たれーッ」
『当ぁたぁれぇえええーっ!』だ。『れ』よりももう『る』に近かった。
ぐいっと勢いよくガラポンを回す。ポンとはずんで出たのは、これまたなんでもない、ただの赤い玉。コンコンッと2、3回はねて緑の布の上を転がる。
『…………』
勢いがよかっただけに外したときの周囲の沈黙が重い。どういうリアクションを取ればいいのかわからず、係りの者でさえしばし硬直していた。いや、ぶるぶると震える両肩の持ち主の次のリアクションを気にして、だろう。
時任はしばらくガラポンを握りしめて屈辱に震えていたが、がばっと顔を上げると、空に吠えた。
「だーあッ! チッキショーッ! 当たンねぇーッ!」
後ろで『ほーら、だから言ったじゃないですか』という冷めた声がする。もちろん、声の主は藤原だ。
「まあまあ、あと1回あることだし」
怒りに震える時任の肩をぽんと叩いて、久保田が気楽に言う。
「これホントに当たり入ってんのかよ……」
むすってして、時任はガラポンをにらむ。そのぼそっと出たつぶやきに、何故か係りの者のひとりがびくっとした。その様子を、見ていることを悟らせないような何気なさで久保田が見ている。
「あ……あと1回残ってますよ、お客様。さ、さ。どうぞーっ」
今まで黙って横の立っていた係りの中心人物らしい男が、ひきつった笑みを浮かべて、ガラポンの前にいた男を押し退けるようにして前に出てきてすすめる。それはまるで、さっさと済ませてくれと言わんばかりだった。今までのこのグループのにぎやかさからいって、その態度は決して不自然ではない。とはいえ、妙な焦りが見えた。
「さあ、どうぞどうぞ。お早く。あと1回ですよーっ」
「……わーってるって」
顔をしかめて時任が言う。恨めしげに係りの者を上目使いに見て、『何度も言うなよ』とぼやく。『あと1回』が『あと1回しかない』『あと1回で終わりだ』と聞こえる。言われなくても最後なのはわかっている。前の2回は外しているわけだから、面白くはない。だが、すぐに気合いを入れ直し……さらに入れて……ガラポンを握り直す。
「よっし、今度こそっ!」
グッと両手で握り、勢いよく回そうとする。
その手元で、妙な音がした。
……ボキッ……!
その場にいた大勢が、響いた音にピシリと固まる。ガラガラを回そうとした当人も。
「……あー、時任、時任」
時間が止まったような中でひとり、久保田がちょいちょいと硬直している相方の肩を指でつつき、言わずもがなのことを言う。
「コワレちゃったんだケド」
「だぁーあッ!」
取れた棒をやけくそで机に叩きつけ、時任が頭を抱える。
事態を認識した桂木がグッタリとなる。脳裏には、今まで時任が壊したものや、それが原因で味わうことになった苦い思い出の数々が去来している。そして、今回の、この後に訪れるであろうもののことも。
沈黙の中で、ガラポンの前に立っていた係りの者のひとりが、小さく息を吐いた。
「あの……」
事態の収拾に乗り出そうとした係りの者……たぶん新しくガラポンを持ってくるとか、根本で折れた棒を直す努力をしてみるとか……に先んじて、久保田が腕をのばした。
「ま、こうすればまだ使えるしね」
ガラポンを手でちょいと触って回してみせる。
ガラガラ……ポトリ。
『『『あ』』』
見ていた者の口が一様に開かれる。開きっぱなしになる。しばし後、叫んだのは相方の時任だった。脱力してがしっと久保田の腕をつかんで。
「そんなのアリかよ、くぼちゃーんっ」
目の前で一等の金色が輝いている。
たいする時任にすがりつかれたままの久保田は、真っ青な顔をした係り……胸のプレートには鈴木と書かれた……をじっと見つめていた。