福引
「あ……当たっちゃったわね……」
一等が当たったわりに暗い顔をして額に手を当てた桂木がつぶやく。いかにも問題アリで頭が痛いというように。それはそうだ。肝心のガラポンを壊した上に、一等の玉を出してしまったのだから。壊したついでのように。行けるとしても、行けないとしても、悩み事はたくさんある。
「悩んだって仕方ないデショ、桂木ちゃん」
テーブルに肘をついてジュースをちるちると飲んでいた久保田があっさりと言う。
ちなみに、そこは普通スーパーの万引き犯などが通される部屋で、臨時で商品を受け渡す場所にもなっているようだが、ガラポンを力づくで折った犯人として通されたのか、判断は難しいところだ。
ちなみに、ちなみに、目の前には旅行の招待券などが入った封筒がある。
「もうもらっちゃったんだし」
「だーあっ!!」
桂木が握りこぶしを作り、声を上げる。
きょとんとしていた係りの者に、横に置かれていた時任の残り一回分の福引券を示し、『コレ有効だよね?』と確認したのだ、久保田が。確かにまだ時任は回してはいなかった。回す前に壊したのだ。
「なんっでもらうのよ! あんたたちどんだけ図々しいわけっ?」
「桂木だって喜んでたくせに」
久保田の隣でパイプ椅子に腰かけ、テーブルに足を乗せていた時任がつまらなさそうにぼやく。
「もらって正解だっての! あれは事故なんだし……っつか、間違ってるのは当たったのがこの俺様じゃないってことだけだ!」
「久保田センパイには幸運の女神……いえ、自分がついてるからです!」
桂木の隣でぐっと拳を握って何故か涙を流さんばかりにしている藤原を、うさんくさげに顔を歪めて時任が見つめる。それは、何か不快な妄想をしてないだろうなという、冷たい視線だった。そこに、もっと冷たい声がかかる。
「藤原、あんた行けるかどうかわかんないわよ。補欠だから」
「そんなっ」
とたんに藤原ががくりと肩を落とす。ようやく目の前の5人分という字が目に入ったらしい。
「俺と久保田センパイの海でのラブロマンスはどーなるんですかーっ!」
「あるわけねぇだろ、そんなもんっ」
時任にぐいっと襟をつかんで椅子から引きずりあげられる。
横で桂木も不機嫌に言う。こんなときに何を言うか、である。
「最初っから無いものはどうにもできないわよ」
「なんで俺が行けないって決定なんですかーっ!? 5人分じゃないですかっ、あとひとりはーっ?」
「補欠のくせにごちゃごちゃ言ってんじゃねェーッ」
「ああ、うるさいっ。ちょっと静かにしなさいよ、ここスーパーの中なんだからーっ」
「桂木センパーイ、あとひとりはーっ?」
「カンパよ」
「俺の分までカンパしてくださいよーっ。荷物持ったんだからーっ」
「ああ……それも相談しないといけないわね、まったくもう……」
桂木は頭を抱えこんでしまう。とりあえず賞品は渡されたが、ここでお待ちください、と係りの者に部屋に通されてしまった。これは、壊した件について『弁償』とかなんとか、執行部には妙になじみ深い、厄介な『しょう』違いが待っている。喜んでいられない状況。弁償か、弁償で全部消えるのか、またもや。それとも……?
そのとき、ガタンッと久保田が椅子から立ち上がった。
「久保田くん、どうしたの?」
きょとんとして問う桂木に、『ちょっちね』とだけ答え、言い争いの間に出していた煙草をくわえて部屋を出ていく。
「待てよ、くぼちゃんっ」
その丸まった背中を、すかさず時任が追いかけた。
後に残った桂木は、そんな時任に『トイレだったらどうすんのよ』と脱力してぼやく。トイレでもふたりで行きそうだ。
「久保田せんぱぁーいっ」
部屋に藤原の泣き声が響く。