福引
「はいッ、はいッ。ちょっとした手違いで……いえ、なにぶんこういったことは初めてのことですし……」
通路の途中、ひとりの男が壁を向いて背中を丸めて立っている。携帯電話を覆い隠すように持ち、口元をくっつけるようにしてぼそぼそと話している。だが、焦っているのか、声はときおり大きくなった。
「いいえ、とんでもない! 責めるだなんてそんな……。私が考えたことですから。もちろん、きちんとやりました。ただですね、多少トラブルが続きまして……予想外にお客様が多くてですね、予備の物を準備したらしいんですよ、そこに私は関われなかったものですから……そこまで手が回らなくて。すみません、すみませんッ……」
ペコペコと壁に向かって頭を下げる。スーパーの店員の制服を着た男。その胸の名札には『鈴木』と書かれている。
「はいっ、もちろん、当たった者からはなんとか取り返して……それはもう殴ってでも……はい、店長の沖縄旅行は私が絶対になんとかしてみせますから……」
「ふうん?」
背後からとぼけたような声がする。男の低い声はのんびりと続けた。
「店長さん、沖縄行きたかったんだ? 5人……ってことは、家族サービスかなんか?」
「なっ……」
鈴木は驚きの声をあげつつ、慌てて振りかえる。そこには、ふたりの人間が立っていた。
鈴木の手から、カツンッ……と携帯電話が床にすべり落ち、音を立てる。
「最初っから玉入ってねーんじゃ、そりゃ当たんねーよなァ?」
キツイつり目のほうが、額に青筋を立て、物騒な笑みを浮かべて鈴木をじろじろと見ながら言う。
「人をだましちゃいけないよねぇ?」
最初にしゃべった長身の眼鏡の方が、これまたとぼけた調子で言う。
「「……それで、殴って、なんだって?」」
ふたり仲良く声が重なった。
鈴木は漂う険悪な空気に顔の前に両手を出して遮って、それをぶんぶんと大きく横に振った。
「いやっ……違うんですよ、お客様! そうじゃなくってっ……あの、これはっ……その、ちょっとした手違いで……あのっ、勘違いで……」
「間違いの多い現場だぁね」
何がと言わずに久保田は煙草をふかす。隣で時任がにらみつける。そして、パシッと拳をもう片方の手の平に打ち当てた。
「……さて、ヒトをだましておいて、他に言うことは?」
廊下中に鈴木の『ごめんなさいぃぃぃっ』という情けない悲鳴が響き渡った。
そして、しばらく後。
また携帯電話を握っている鈴木が通路にいた。
「あの、沖縄旅行の方の費用は、私の方でなんとかしますから……はい、本当に。しっかりと、この償いはさせていただきますから……」
弱りきった様子で、空を見上げて、うめくように言う。
店長にごますりしようなんて考えなければよかった。
ただただ暗い口調で言う。
「……はい、はい。申し訳ありませんでした、店長……」