軽挙妄動
生暖かい風が、ぬるりとロイの頬を撫でる。
まるでお前が行っても無駄だとでも言うように。
嫌な風だ、と思いながら、ロイは足を早めた。
元の身体ならもう、とうに追い付いている頃なのだろうが、子供の足では向かい風の中、
幾つもの丘を越えるのは困難だった。
それでも、雨さえ降らなければと時折空を仰ぎ、発火布の手袋を填めた手を握り締めた。
暫く歩いた頃、漸くロイは廃鉱に辿り着いた。
入り口に男達の姿が見える。
ロイはそっと近付くと、耳をそばだてた。
「入り口の爆薬に火を点けるのはいいとして、奥には誰が行くんだ?」
ルーツの声だ。
「奥の爆薬の導火線の長さは?」
「約10メートルだ。」
「短いな…」
舌打ちをして、そう言葉を洩らしたのはヴィッツ。
「分岐から入り口迄が約120メートルだ。しかも傾斜が約30度。それに暗闇で道も悪い。点火して
無事に戻るのは難しい。」
淡々とした言葉でガーランドが言った。
沈黙が、流れる。
沈黙を破るように最初に口火を切ったのは、ヴィッツだった。
「俺が行く。」
ヴィッツに男達の視線が集まる。
「いいのか?」
「この中じゃ、俺が一番足が速い。ガキの頃から逃げ足だけは負けた事が無ぇからな。」
「その次は、俺だった。」
付け足すように言葉を紡いだルーツに「ああ」と相槌を打ち、ヴィッツは続けた。
「決まりだろ?」
「…そうだな。」
肩に掛けた銃を持ち直し、低くガーランドが言った。
ヴィッツはにっ、と笑うと、「それじゃ」と手を挙げその場を離れた。
「待て。」
様子を伺っていたロイが、声を発した。
ヴィッツが足を止め、男達の視線がロイに集まる。
「お前…!」
ヴィッツが慌てたように、ロイに駆け寄った。
「何で付いて来た!あぁ、ディッシュの奴、何やってたんだ!」
「ここへ来たのは自分の意志だ。それよりも、この中の爆薬に火を点けに行く話だが、私が中へ入ろう。」
ざわり、と。
男達がざわめいた。
「何を馬鹿な事を!」
ヴィッツが声を上げる。
「これは遊びじゃ無いんだ!」
「だから、言っている。私ならその場所へ行かなくても、ある程度近付けば火を点けられる。」
そう言って、ロイは右手を差し出し、ぱちん、と指を擦った。
火花が散り、焔が一瞬、明るく辺りを照らして消えた。
男達が驚愕の表情を浮かべる。
「それに点火時に炭塵爆発が起きる事も考えられる。あくまでも可能性として、だが。私の焔は
空気の濃度を調整して発火させるから炭塵爆発の心配も無い。」
淡々と言葉を紡ぎ、入り口へとロイは足を向けた。
「待てよ!」
ヴィッツの声に、足を止める。
「・・・本当に・・・戻る気はあるんだな・・・?」
真っ直ぐと、ヴィッツの瞳がロイを見据える。
「当たり前だ。例えどんな事があろうとも、私は必ず戻る。」
そう。
戻らなければ、ならない。
「私には、護ってやらなければならない者が居るのだ。この世で一番、大切な者だ。
置いて逝く気などあるものか。」
黙ってロイの言葉を聞いていたガーランドが、ロイに歩み寄った。
「お前・・・唯のガキじゃねぇな・・・?一体何者だ・・・?」
低く、言葉が紡がれる。
ロイは笑みを見せると、ゆっくりと、そしてはっきりと紡いだ。
「焔の錬金術師 ロイ・マスタングだ。」