軽挙妄動
Episode.6 街
「うーん・・・いいなぁ・・・」
街外れの丘に立ち、辺りを彩る緑色に萌える草原を見渡して。
アルはのんびりと声を漏らした。
リゼンブールを思わせるような、何処か懐かしさを憶える景色。
イーストシティやセントラルのような街も嫌いでは無いが、やはりこう言った場所は心が落ち着く。
「よいしょっと。」
アルは傍に立つ大きな木の根元に腰を降ろし、空を見上げた。
緩やかに流れて行く雲を眺め、皆で来れば良かったなと、ぼんやりとアルは思った。
まぁ、まだ時間はたっぷりとある。
明日にでもエドとロイを連れて来ようと、アルは心に決めた。
視線を降ろし、何気にふと、草原の間を縫うように続いている小怪の先に目をやったアルは、そこに
ぽつりと一軒の家が佇んでいるのを観付けた。
少しの間、その家に視線を留めていたアルは、それがどうやら廃屋のようだと把握する。
生活感が、全く無かったからだ。
きっと街に越したのだろうと思い、立ち上がる。
そろそろ戻っ方がいいだろう。
流石にロイがあの状態だとアルも余計な気を回さなくて済むのだが、逆に何かと不便な事もあるかも
知れない。
アルは再び立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
街に入った所で、果物売りの女性が大きな荷物を運ぶのに苦労している所に出くわした。
「手伝いますよ。」
人が困っている所を放っては置けない性格のアルは、女性の荷物をひょいと持ち上げた。
「あらまぁ、悪いねぇ。有難う。」
女性はアルに礼を言うと、荷物の置き場所をアルに指示した。
「いつもなら主人が居るんだけどねぇ。今朝仕事に出ようとして荷物持った途端ギックリ腰に
なっちまってね。お陰で大変だったんだよ。」
大らかな口調でそう言って、女性は笑った。
「そうですか。大変だったんですね。」
「全くさね。そう言えばあんた、ちょっと見ないねぇ。旅人かい?」
まじまじとアルを見詰め、女性が言う。
「ええまぁ。」
多少言葉を濁すように、アルは言った。
「そうかね。あぁそうだ、ちょっと待っとくれ。」
そう言って、女性は荷物の中からバスケットを取り出した。
「これ持って行きな。手伝ってくれたお礼だよ。」
そのバスケットには、沢山の苺と、恐らくその苺で作ったと思われるジャムと、それとバケットが入っていた。
「売れ残りで悪いんだけどね。でも今朝採ったばかりだから新鮮だし、味も保障するよ。」
「えぇ?!でも僕、そんなつもりじゃ・・・」
慌てて言うアルに、女性は「いいんだよ」と、バスケットを手渡した。
「気にしないどくれよ。あたしの気持ちなんだからさ。あぁ、これもあげるよ。うちの牛の乳なんだけどね。」
兄さん、嫌がるだろうなぁ・・・
ふとそう思ったが、まぁ、ロイも居るから大丈夫か、と思い直し、アルは素直に受け取った。
「有難うございます。」
「もうすぐ日が暮れ掛ける。宿を取ってるなら早く戻った方がいいよ。夜は物騒だからね。」
「物騒?」
まぁ、少々の事なら大丈夫なんだけどと思いながら、聞き返す。
「何処から流れて来たのか知らないんだけどね、夜になったら向こうの方で獣の遠吠えが聞こえるんだ。
しかもそれが、唯の遠吠えじゃなくて、まるで怪物のような遠吠えでね。たまに人の悲鳴なんか聞こえた
日にゃ、私らは布団の中で震えてるのさ。」
「そうなんですか・・・」
話を聞いた瞬間、何と無く嫌な予感がした。
そう言う予感だけは、当たるのだ。
あぁ、きっと又厄介な事に巻き込まれるんだろうなぁ・・・と思いながら、アルは息を付いた。
女性に別れを告げ、その場を離れたアルは、受け取ったバスケットを眺めた。
苺も大概の量だが、牛乳の多い事。
アルは勿論飲めないし、エドは大の牛乳嫌いだ。
だからと言ってロイに全部飲ませる訳には行かない。
折角貰った物を、捨てるなんて出来ない。
「うーん・・・どうしよっかなー・・・」
ぶつぶつ言っているうちに、宿に戻って来たアルは、階段を上がりかけた所で宿の女将に声を掛けられた。
「あぁ、お客さん。手紙預かってますよ。」
「手紙?」
アルは女将から手紙を受け取ると、封を開け掛けた。
「おや、苺かい?マリーのとこのだね。」
女将の言葉に、封筒を開け掛けた手を止め、アルは封筒をバスケットの中に入れた。
「街外れの手前で果物売りの女の人が荷物を運ぶのに困ってたんで、手伝ってあげたらくれたんです。」
「あぁ、やっぱりマリーのとこのだ。あそこの苺は美味しいんだよ。そのまま食べてもいいし、
ジャムにしてもジュースにしても美味しいんだ。」
「そうなんですか。良かったら半分、如何ですか?」
「あぁ、気を使わないでおくれよ。私らならいつでも食べられるからね。何たって、マリーは私の妹だし。」
言って、女将は笑った。
「えぇ?」
言われてみれば、何処か雰囲気が似ているような気がする。
「あぁ、ミルクも貰って来たんだね。良かったら厨房使って構わないよ。お客さんの連れのちっちゃい子、
あの位ならジュースにしてやったら喜ぶんじゃないかい?」
そう言われ、ふと、それならエドもミルクが飲めるかも知れない、とアルは考えた。
それなら貰い物を無駄にする事は無い。
「じゃあ、お言葉に甘えてお借りできますか?」
「あぁ、いいよ。」
そうしてアルは、厨房に足を向けた。
先程渡された手紙の事など、すっかり忘れて。
アルの頭の中は、如何にしてエドにミルクを飲ませるかと言う事でいっぱいだった。
「いちごミルクなら、きっと飲めるよね。」
嬉しそうに呟いたアルの手にしたバスケットの中で、手紙がかさり、と、音を立てた。
アルが厨房でどうにかしてエドにミルクを飲ませようと工夫している頃。
漸くエドは目を醒ました。
ふあぁ、と、大きな欠伸をして目を擦り、ふと、ベッドで寝ていた筈のロイの姿が見えない事に気付く。
「あれ?」
辺りを見回してみるが、何処にも見当たらない。
散歩にでも行ったのだろうか?
ロイの事だ。
目を醒ました時にエドが眠っていたので、起こさないよう気遣い、そっとベッドを抜け出したのだろう。
どうしようかと、暫くぼんやりと考え、エドはゆっくりと体を起こした。
「俺も散歩して来ようかなぁ…」
窓の外に視線を移し、ぽつりと言葉を紡ぐ。
そろそろ西の空が橙色に染まり掛けて来る頃だが、そんな中を歩くのも良いだろう。
そして何よりも、ロイと、会えるかも知れない。
やはり、隣にロイが居ないと落ち着かない。
何と無く、淋しい。
やっぱ大佐が居なきゃ駄目だなぁ・・・
ふとそう思い、思わず照れてしまう。
「何自覚してんだ///俺///」
一人で真っ赤になりながら、ばふん、とベッドに顔を埋める。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・大佐が寝てたベッド・・・・・・・・・・・・・・・