言えなかった言葉
そう言って、ギルベルトは笑うが、アルフレッドは無言のまま。
それに軽く笑うと、ギルベルトは、アルフレッドの肩に手を置く。
「あんまり、もたもたしてると、誰かに取られちまうぜ、ケセセ。」
肩をぽんぽんと叩くと、意味ありげに、ギルベルトの真横を通り過ぎる。
そのまま、振り向かず、ギルベルトは手を振るが、怒ったままのアルフレッドからの反応はない。
アルフレッドは、そのままその場に立ち尽くした。
「ギルちゃん、おつかれ。」
手に持っていたシャンパンをフランシスが差し出すと、ギルベルトはそれを一気に飲み干す。
「なんや、かっこよかったでぇ。」
ニヨニヨとした笑いを浮かべつつ、アントーニョがギルベルトの肩を叩く。
「あぁもぉ、疲れた。
アルフレッドはこえぇし。」
ぐったりした、ギルベルトはその場に座り込んだ。
「へぇ、坊ちゃんの介護が疲れたとかじゃないんだ?」
ニヨニヨしながら、フランシスがそう聞くと、それにギルベルトはケセセと笑う。
「昔のよしみっつーのもあるけどよ、アルフレッドが独立戦争起こしたときゃ、俺はアイツの傍にいたからな。
今更、苦じゃねぇよ。
元々、心配だったっつーのもあるけどな。」
意外な答えに、アントーニョと、フランシスが顔を合わせると、ギルベルトは笑顔で笑った。
「あれ、アルフレッドに挨拶しとるの、ハワードやない?」
ハワードの存在に気づいた3人は、アルフレッドに気づかれないように距離を縮め、二人の会話に耳を傾けた。
「あ、アルフレッド様、この度はおめでとうございます。」
些か不機嫌なアルフレッドに臆することなく、ハワードが話しかける。
「ああ、ありがとうなんだぞ。」
がんばって笑顔を見せるアルフレッドに、ハワードは疲れが溜まってきたと解釈した。
「あれ、アーサー様は?ご存知ありませんか?」
そう聞いた途端、アルフレッドの不機嫌さが増したが、ハワードはまた何時もの兄弟喧嘩だろうとしか思っていない。
「……さっき、具合悪くてね、ギルベルトが休ませに行ったよ。」
名前すら言うのが嫌なのか、更に機嫌が悪くなるアルフレッド。
その言葉を聞き、ギルベルトの背筋に悪寒が走る。
「ああ、じゃあ、大丈夫ですかね。
ギルベルト様、アーサー様が具合悪くなってすぐあたりから、毎日体調聞いてたり、心配してくださったりしてたし。
今日だって、心配だからと、迎えに来てくださったんですよ。」
にこやかに、ハワードは言うが、聞いているギルベルトは生きた心地がしなかった。
それを横目に、アントーニョとフランシスは、笑いを堪える。
「------へぇ……。」
低い声でそう相槌を打ったアルフレッドだが、最早、目は笑っていない。
それにすら、ハワードは気づかない。
「あ、じゃぁ、私はアルフレッド様の上司様にご挨拶してきますので、これで。」
少し頭を下げたハワードは、そのまま何処かへと歩き出す。
深い溜息をついたアルフレッドは、貰った花束を眺めた。
「なんや、ハワードとも打ち合わせしておったん?」
疑問に思ったアントーニョが聞くと、フランシスとギルベルトは首を横にふる。
「いや、ハワードには何も言ってねぇよ。」
「天然で爆弾投下していくなんて、面白くなってきた。」
アントーニョとフランシスが笑う横で、疲れたギルベルトはぐったりしていた。
「あれ、アルフレッドさん。」
いつの間にか、アルフレッドの横にちょこんといた菊が話しかける。
何かあったんだと、察知した彼は、どうやらほおっておけなかったらしい。
「やぁ、菊。」
元気なさげな返事をすると、アルフレッドは、花束に目を落とす。
「其の花束はどなたから?」
なんとなく、菊は世間話のつもりで聞いた。
「------アーサーからだよ。蒼いバラっていうのは、ヒーローの俺にぴったりだけど、なんで、真ん中に、紅いバラと白いバラ一本ずつなんだい。
白いバラなんて枯れてるじゃないか……。」
その花束を横からみた菊は、少し笑う。
「アーサーさんからですか……。
アルフレッドさん、このバラの花言葉って言うのは------」
そう菊から聞いた途端、アルフレッドは走り出す。
菊は、それを微笑ましく見送った。
「で、何時までそこにいるおつもりですか?」
後ろを振り向かず、菊が問う。
「菊ちゃんには、ばれとったかぁ……。」
「ほんと、勘が鋭い爺だぜ。」
「さすが、菊だね。」
口々にそう言って出てくる3人。
「……アルフレッドさん、焚きつけたのは貴方達でしたか。」
呆れた溜息を着くと、3人は笑った。
「後で、何があっても知りませんからね。」
にっこりと笑い、3人に笑顔を向けると、フランシスとギルベルトの顔が引きつった。
アントーニョは、何があるのか分からないのか、にこにしているのをみて、菊は溜息をつく。
ギルベルトが行っていた部屋の前まで来ると、アルフレッドは大きく深呼吸をして、ドアを開ける。
ソファに寝転んだアーサーが、苦しそうに息をしながら、眠っていた。
そこに、静に近づくと、アルフレッドはしゃがみこみ、アーサーの髪を撫でる。
「んんっ……、アル?」
目を覚ましたのか、寝ぼけ眼なアーサーが目を開け、笑う。
「ああ、起こしちゃったかい?」
撫でていた手を引っ込めようとした途端、手を捕まれ、その手に擦り寄られた。
「いや、大丈夫だ。」
面を食らったアルフレッドは、何もできず、そのままされるがまま。
「無理に来なくてもよかったのに……。」
慈しむ様に、額に口付けると、アーサーが笑うのが分かった。
「俺が、来たかったからいいんだよ……。」
そういった途端、咳き込み、アーサーは吐血した。
「だ、大丈夫かい?」
手にしていた花束を床に置き、胸元からスカーフを取り出すと、そのままアーサーの口元を拭う。
吐血したのに気づいたのか、ソファにかかっていたアーサーの上着のポケットから小鳥が顔を出す。
「わりぃ……。
汚しちまったな……。」
申し訳なさそうに言うアーサーに、アルフレッドは首を横にふる。
「いいから、そんなのいいから!!」
今にも泣きそうな顔をしたアルフレッドに、少し困ったアーサーは、掴んでいた手を離し、彼の頬を撫でると、そのまま起き上がり、アルフレッドとおでことおでこをあわせ、彼の目をじっと見つめた。
「アーサー?」
もう、何がなんだか分からないアルフレッドは、自分の頬に置かれた手を握り返すことしか出来なかった。
それに笑ったアーサーは、そっと目を閉じる。
「生まれてきてくれて、ありがとう。
俺を愛してくれてありがとう。
傍にいる事を許してくれてありがとう。
俺から、独立してくれて、ありがとう、アルフレッド。」
其の言葉で、アルフレッドはスカイブルーの目から、涙が零れた。
聞くことのない言葉だと思っていただけに。
「誕生日、おめでとう、ダーリン。」
とびっきりの笑顔で言うと、アルフレッドの頬を撫でながら、彼の眼鏡を取ると、眼鏡を彼のジャケットのポケットに入れ、そっと目尻に唇を落とす。
「アーサーは……、ずるいんだぞ。」
そう言われて、アーサーは笑った。
不意に、アルフレッドの携帯が鳴る。
それをアルフレッドは眺めると、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。