ぐらろく 光の帳で隠して
「いや、シーリン。きみとライルが付き合うっていうなら、俺は身を引くという意味だ。」
「付き合わない。このバカとは、絶対に付き合わないからっっ。」
「あーーーシーリンおねーさま、それ、ひどくない? 俺、バカじゃないぜ? 」
「バカじゃないなら、相手を選びなさい。よりによって、アロウズの将官とセフレなんかしないでよねっっ。」
「いや、ほんと、身に覚えが無いってっっ。俺、そこまで、行き辺りばったりじゃないよ。」
「おまえ、恋人の俺に黙って、諜報活動してただけだよな? あのアロウズから情報を搾ろうと画策してるんだよな? 」
「だ・か・らぁー、俺、今のところ、クラウスしかいないってっっ。寝技の諜報活動なんてやってねぇーしっっ、したことも・・・・・いや、あることはあるけど・・・・今はやってねぇー。」
ライルは、真面目に否定している。もちろん、クラウスもシーリンも、それは判っているのだが、それでも、何人もが目撃して、証拠写真まであるので、これで納得とはいかない。
「クラウス、しばらく、外へ出さないで。」
「うんうん、そうだな。足りないなら足りないって言ってくれれば、俺だって、いろいろとリミッターを外すんだよ? ライル。」
「え? え? なに? なんのリミッター? 」
「うーん、いろいろ? じゃ、シーリン、三時間ぐらいいいかな? 」
「ええ、ぐっすりと寝かしつけておいてね、クラウス。」
「え? ねーシーリンおねーさま、俺、無実だってっっ。」
「はいはい、ライル、おやすみなさーい。」
担がれて無実の罪だと叫んでいるライルに、満面の笑みで手を振りつつ、シーリンは、別のことを考える。
・・・・・アロウズ幹部とカタロン幹部で、ライルと三角関係なんて、ベタすぎて使えないじゃないの。もうちょっと、驚くネタをやってちょうだいよ。そうでないと、締め切りまでに、ネームが切れないわ・・・・・・・
カタロンの立ち上げをやりつつ、大手サークルを切り盛りしているシーリンは、実は最強だったりする。大手サークルの稼ぎも、カタロンの資金源の一部だ。やはり、ベタすぎるネタでは読者は納得しない。ここは、ひとつ、どこかからネタ提供をしてもらおう、とか考えている。
アンソロジー用の大量原稿を、スキャナさせていたら、ライルが、目が痛いと騒ぐので、ドライアイ対応の目薬を買いにシーリンが街まで出てきた。どういうわけか、そのドラッグストアーに、ライルが居た。
「ライル、何サボってるの? 」
相手の首根っこを抑えて、シーリンが爽やかに笑ったら、相手はびっくりして、ぽかんと口を開いていた。
「くだぐだしてたら、間に合わないって言ったわよね? 来週初めに入稿できるように、ノンブルつけろって言ったのは、できてるわけ? 写植も貼った?」
「・・・あ・・・あの・・・・・」
買い物カゴの中身は、日用品に混じって、夜のお伴らしいものも入っている。遊びに行くのに、ここへ立ち寄ったということかい、と、シーリンは逃亡者を、そのまま捕まえて、アジトへ戻った。
もちろん、そこは、もぬけの殻なわけで、困ったような怯えたような演技しているとしか思えないライルを、そこの椅子に座らせた。
「全然、進んでないんだけど? 」
「・・・あの・・・ひとつ、質問していいですか? 」
「なに? 」
「俺の名前、ライルって言うんですか? 」
「はあ? バカだ、バカだと、思ってたけど、自分の名前も忘れたの? このあほっ子っっ。」
「いや、そうじゃなくて・・・・俺、記憶喪失で、名前も何もわからないんですよ。」
「うわぁー。そのベタな演技は、何ごと? もうちょっと、逃亡した言い訳なら、笑えるものか、泣けるものを用意してくれないかなあー、このバカライル。」
逃亡理由によっては、笑ってスルーしてやれることもあるのだが、これは、さすがにいただけない。というか、ちっともおもしろくない。また、ライルの演技が、本格的なのも、シーリンにはムカつくところだ。バンバンと、ぶ厚い原稿の束で、殴り倒したら、ものすごく怯えられた。あれ? と、これで、シーリンも、ちょっと驚く。いつもなら、殴られたらヘラヘラと笑って、「ごめんなー、うそだよーん。」 と、すぐに、謝るからだ。
「えーっと、ライル? 」
「だから、俺、自分の名前わかんないんですっっ。俺が、ライルって言うのか尋ねているのに、なんで殴るんですか? 」
「だから、ベタな嘘やめてくれない? そろそろ本性著わしなさいよ? 本気でしばくわよ? 」
「本当です。自分の名前はわかんないけど、俺を保護してくれた恋人がいます。」
「クラウスのこと? 」
「グラハムと言うんです。誰ですか? クラウスって・・・・」
いや、あんたの現在のセフレというか恋人というか、そういう微妙な関係の男だろ? と、言い掛けて、ちょっと考えた。
「じゃあ、あんた、どこにいつから住んでるの? 」
退院して半年ほど、ずっと、そこで暮らしていると住所を言われるに至って、もしかして、こいつ、ライルのドッペルゲンガーってやつか? と、気付いた。まったく同じ顔なのだが、どっか違うのだ、このライルもどき。
「あの、俺、ライルって言うんでしょうか? 」
「たぶん、ライルではないわね。」
「え? 」
「ごめんなさい、うちのあほライルと、あんまり似てたから間違っちゃったみたい。」
「そのライルさんって、そっくりなんですか? 」
「ええ、瓜二つだけど、あんたのほうが賢そうね。」
「あはははは・・・・ありがとうございます。」
反応が、やっぱり違う。というか、ライルだと、こんなに長時間、演じて居られる根性はない。ということは、これは、別人ということになる。
「記憶は全然ないの? 」
「はい。交通事故で、頭を強打したんだそうで、何にも思い出せなくて・・・・でも、同居してた恋人が、大切にしてくれるので、どうにか。」
「・・・・・あいつも、強打してやったら、賢くなるのかしらねぇー。」
逃亡したライルも、真剣に殴りつけたら、もうちょっと賢くなるのかもしれないな、とか、恐ろしいことを考えつつ、シーリンは、とりあえず、誤解したことを、詫びて、もう一度、街まで送った。
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いくつかの用事を済ませて、アジトへ戻ったら、クラウスによって、ライルは捕獲されていた。
真面目に強打したら、ライルは、えぐえぐと泣き真似をする。とっても可愛くない。
「シーリンおねーさまが、苛めるよーーークラウス・・・・たすけてぇーーー」
「棒読みすぎて、笑えるから一発で勘弁してあげるけど、ノルマは倍増だから。」
「ヤンヤン、俺、寝ないとバカになるぜ。」
「ライル、すでに、あんたはあほだから、諦めて働きなさい。次、逃げたら、首輪か足輪をつけるので覚悟しておきなさいよ。」
「ぴいーーーーーーーぴーいーーーーー暴力反対。俺の人権を返せっっ。」
「人権? 真面目に仕事に取り組んでから、それは主張しなさい。ほら、働くっっ。入稿まで一週間よ。」
「もうやだーーーなんで、こんなえぐいもんばっか見せられるんだよーー」
作品名:ぐらろく 光の帳で隠して 作家名:篠義