ぐらろく 光の帳で隠して
「実際、やってるんだから慣れてるでしょ。文句ばっか吐いてると、飯抜きにするわよ。」
こちらの仕事は、カタロンの女性陣が、ほとんどやっているのだが、ライルは、容赦なく使えるアイテムとして、こき使われている。クラウスも、貴重な資金源だから、自分のセフレが、えぐいものを見せられていても、それは見て見ぬフリをしている。
「あ、クラウス。ライルの浮気疑惑だけどね、もしかしたら、別人かもしれないわ。」
「いや、それはないだろう。あれだけ似てる人間はいない。」
写真に収められていたツーショットは、暗がりでもないし、よく晴れた公園でのものだから、間違いようがない。金髪の男と、亜麻色の髪のライルが、仲良く恋人繋ぎして歩いているものだ。
「さっきね、ライルと間違って、そっくりさんを捕まえたのよ。」
「はあ? 」
「ドッペルゲンガーとしか思えないほどのそっくりさんでした。・・・・クラウスは、ライルをどこで、何時に捕まえたの? 」
「一時間ほど前に、倉庫を走ってるのを目撃して、捕獲して遊んでた。」
その頃、シーリンは、ここで、ライルもどきをライルだと責めていたわけだから、やはり別人だ。
「その同じ時刻に、ここで、ライルもどきを尋問してたわよ? 私が。」
「シーリンが間違うほどなのか? 」
「ええ、街でみつけて、間違えて、ここへ連行するくらいには。」
「で? 」
「間違ったことがわかったから、街まで送り返してきたわ。」
「おや、残念。それなら、俺も逢いたかった。」
「残念ねぇー、クラウス。あっちには、熱烈な恋人がいるらしい・・・・・ああっ、そうかっっ。」
「あ? シーリン? 」
「アロウズの幹部とライルのツーショットって、あれ、もどきだったんだわ。しまったっっ、住所、ちゃんと聞いておけばよかったっっ。そしたら、拉致できたのに。」
シーリンとしては大失態だ。アロウズの関係者の弱みは、どんなことでも掴んでおきたいところだからだ。その様子で、クラウスも、だいたいの意味はわかった。
「えーっと、つまり、きみが間違ったのが、そのアロウズの幹部の恋人で、ライルじゃないってこと? 」
「そうみたいね。世の中、似た顔が三人居るっていうけど、あんなに似てると怖いわね。もしかして、血縁かしらね? 」
「ライルに聞いてみたらどうだ? 」
「仕事が終わったら、聞いてみるわ。」 と、シーリンも言ったものの、それからど修羅場に突入して、そのもどきのことなんて、すっかり忘れてしまった。
うっかりしていると、ついつい、いろんなものを四つずつカゴに放り込んでしまう。スーパーで買い物していて、昨日の間違い騒ぎのことを思い出していたら、牛乳のブリックパックを四つ、りんごを四つ放り込んでいて、ちょっと困った。
たぶん、忘れている記憶の中に、四という数字が居座っていて、無意識だと、それが現れるらしい。もしかして、四人で暮らしていたことがあったのかもしれない。家族とか、ルームシェアとか、そういうものだろう。何にも教えてくれない恋人は、ある意味、不親切で、家族のことも友人のことも、どうして恋人になったかということも、何にも言葉にしない。
・・・・・よく知ってる人が間違うぐらいだって言うなら、俺の兄弟とかなのかな・・・・・
間違えて殴るぐらいに似ているとしたら、双子とか、そういうものかもしれない。それぐらいは、尋ねたら教えてくれるのだろうか。
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「双子? 姫が? 」
いつものように帰って来たグラハムに、他人と間違えられたことを伝えたら、首を傾げられた。
「俺とそっくりな人間が、この街にいるらしいんだ。」
「私が知っている姫は、ひとりだね。この麗しいピーコックブルーの瞳の姫が、もう一人いるというなら、是非とも逢いたいものだ。」
ネクタイを緩めつつ、ただいまのキスをするグラハムは、本当に知らなかったらしく驚いていた。
「そうなんだ。びっくりしててさ、その当人と逢わせてもらうのを忘れたんだよ。その人、ライルって言うらしいんだけど、仕事の途中で逃亡しちゃったらしい。」
「性格は、まるっきり逆なのか。姫は、勤勉だというのに。」
「いや、俺も勤勉ではないと思うぞ? なんせ、専業主夫だし・・・・」
「何を言うかと思えば・・・・恋人の私のために、この温かい空間を毎日演出してくれるきみが、勤勉でなくて、なんだというつもりだね? 」
また、ちゅっと頬に唇を寄せられた。毎日のことながら、この恋人はスキンシップ過多だ。四六時中、どこかが触れ合っていないと気が済まない。
「・・・・先に風呂にするか? 」
「いや、食事にするよ。なんなら、その前に、姫というのでも構わない。」
「・・・・バカ・・・・それは、寝る前っっ。じゃあ、準備するから待っててくれ。」
帰宅時間がマチマチなので、前段階までで止めてある。風呂に入ってくれれば、その間に準備できるのだが、グラハムは、その準備を見ているのが楽しいらしく、いつも食卓に座りこむ。
「何か飲むか? 」
「ああ、じゃあ、軽く・・・・」
冷蔵庫から、ビールを取り出して、それから、グラハムはクスクスと笑っている。四つ並んでいる牛乳のブリックパックとりんごを発見したのだ。どうしてか、それをスーパーの棚に戻して来れなくて、いつも、そのまま買ってくる。自分でもわからない無意識の行動だから、グラハムも、ただ笑うだけだ。
「ミルクをひとつ、もらっても? 」
「ああ、飲んでくれ。」
「四人なんだね? 姫。いつも、きみは、四人を意識している。」
「・・・うん・・・・俺んち、四人兄弟とかなのかな? グラハム。」
「さあ、私も、きみの家族構成までは知らない。そういうことを話したことはないし、私は、きみしか興味がなかったのでね。」
ブリックパックを取り出したグラハムは、バタンと冷蔵庫を閉じて、食卓に座る。それから、今日の出来事や、お互いに興味があったことを話しつつ、料理を作って食べる。記憶はないのだが、生活一般に対する知識は消えなかったので、家事については問題がない。事故に合う前も、俺が、そうやって作っていたそうだ。
「それで、連れていかれたところは覚えているのかい? 姫。」
「方角的には北のほうで街外れのビルというか工場みたいなとこだったよ。なんだか、印刷物を作ってたみたいだった。よく見なかったから、内容はわかんない。」
「案内できる? 」
「どうだろう。ちょっと自信がないな。なんか、突然だったし、がんがん、女の人に怒鳴られてたからさ。そっちのほうが、驚いてて景色を見る暇がなかった。帰りも、いろいろと質問されたから、そっちのほうに意識いってたしな。・・・・やっぱ、記憶ないのって、同情されるもんなんだな。『強く生きなさい』って、言われた。」
「きみは、とても可愛いから心配されるんだろう。ビリーの友人のミス・クジョーもそうだったじゃないか。」
「可愛い? グラハム、それ、あんただけだと思うぞ?」
「いや、万人が私の言葉を、是と認める。きみは、とても愛らしく可愛い。私は、姫なしで、この先、生きていけないほどだ。」
作品名:ぐらろく 光の帳で隠して 作家名:篠義