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永遠に失われしもの 第17章

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ある日、私は夢を見た。

 夢の中でシエル・ファントムハイブ伯爵は
 巨大な石が無造作に積まれて、
 祠になったような場所から、
 私を手招きしている。

 私は黒いローブを纏っていて夜の闇の中、
 その祠の中の階段を、
 地下深くに彼と共に下りていく。

 幾多の霊廟を通り抜けていく。
 通り過ぎた碑文はイタリア語で表記され、
 名前だけが読める程度だった。


 目の前を先導する少年の姿形も、
 記憶の中と寸分違わないのに、
 何故か違和感がする。

 眼帯をとっているせいかもしれない。
 夢の中で彼は眼帯などする必要もないほど
 両の目は、美しい青碧眼をしていた。


 夢はそこで終わったが、
 私は数日少女に話すのをためらっていた。

 ありもしない希望に縋っても、
 余計につらくなるばかりだからだ。

 しかし同時に本当に、
 少女の言うとおりだったとしたら、
 と考える自分もいた。

 
 ついに少女に夢の話をした。

 少女は狂喜し、私が毎晩、
 交霊術師の所に出入りするうちに、
 何か霊的な能力を身につけたのだと、
 信じていた。

 場所の手がかりになるものは無かったかと
 問いただされて、うろ覚えの霊廟の墓主の
 名前を思い出した。


 少女が調べて、数世紀以上前に亡くなった
 教皇の名前だと分かった。彼の墓所は、
 サンカリストのカタコンベ(地下墓地)
 だった。

 墓に会いに来いという夢は、
 少女の婚約者が既に死んでいるという意味ではないかと、私は考えたが、
 少女はそうは捉えていなかった。


 無論生きていれば、帰ってきて欲しい。
 少女のために。
 私の敬愛するお嬢様のために。

 せめて無理なら、彼の遺品だけでも。
 少女があきらめて、
 安らかに暮らせるように。


 少女は家出すら辞さない覚悟で、
 絶対に自分も行くといってきかなかったが
 まず本当にそこが夢で見たような場所か、
 確かめてくるだけだからと、
 なんとかあきらめさせた。


 サンカリストの地下墓地の入口は、
 夢でみた通りの場所だった。

 地元で雇ったガイドが、
 しきりに夜は近づくなと警告する。
 最近変な連中がたむろしているからと。
 女性の私には、さらに危険だと。

 それでも夢では夜だったのだ。


 もともと少女を、
 ここまで連れてくるつもりはなかった。
 もしも、彼女の愛する婚約者の遺骸に
 ここで遭遇するなら、
 少女の精神がうけるダメージは、
 計り知れない。

 
 ガイドは怯えきっていたので、
 馬車と共に帰した。

 
 正直とても怖かった。

 勇気や意気地のある方ではなかったし、
 見知らぬ土地の、
 しかも、夜の地下墓地に入るなんて、
 日ごろの私では考えられなかった。

 足もすくみ、震えがとまらない。


 それでも、
 いつか少女に笑顔を取り戻したい。

 前を向いて歩いていって欲しいという、
 ただその一念だけが、私を動かしていた。