永遠に失われしもの 第17章
シエルの為に用意した客室の扉に念入りに
セバスチャンは結界を張る。
絶対に破れないわけではないが、
グレルにはまず不可能だろう。
それに、葬儀屋は結界を破るなどという、
不粋なことはすまい、
とセバスチャンは心の中で呟いた。
客室に隣接した専用のバスルームに行き、
バスタブに湯を張ってから、
客室の寝台に横たえたシエルの元に戻る。
リボンタイの結び目をほどき、
シャツを脱がせる。
意識のない様子のシエルの手足は、
無機物の長細い石のようで、
意識がある時に比べれば、
服の脱ぎ着もすこし苦労がある。
しかし、セバスチャンにとっては、
今まで何度と無く同じ状態で、
繰り返してきた作業だったので、
手早くシエルを一糸纏わぬ姿にさせた。
「バスルームとベッドルームと、
どちらがお好みか、
聞いておくべきでしたね」
セバスチャンは、
自分の言葉に答えがないのを知りつつ、
話しかけている。
「ああ、それより、
どうされたいかの方がもっと重要でしたね
ぼっちゃんは--
乱暴に扱われるのと、優しくされるのと、
どちらがお好みだったんでしょうか」
彼としては、これらの言葉遊びの段階で、
シエルの魂が戻ってくれれば、と願うのだが、期待に反してシエルは相変わらず、
死体のように横たわっている。
セバスチャンの以前から時に感じていた、
心の中の小さな針のような違和感が、
徐々に大きくなってくる。
それは、胸にささった異物と融合して、
彼にとっては耐え難い不快感と苦痛と共に
言い表し難い感情を呼び起こしていた。
長い悪魔の生を通じて、
味わったことのないもの。
--それを育ててはいけない、絶対に--
セバスチャンは、黒い燕尾服を脱いで、
椅子の背にかけ、白いシャツの袖を捲って、アームバンドで固定する。
もう塞がってはいるが、
大きな傷が両腕の手首まで、
一直線に伸びている。
そして、裸のシエルを抱きかかえ、
バスルームに向かい、その小さく華奢で、
今にも壊れそうな身体を、
バスタブの湯の中に横たえた。
作品名:永遠に失われしもの 第17章 作家名:くろ