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永遠に失われしもの 第17章

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ペンハリガンのバスオイルを3滴、
 バスタブに張った湯に垂らして、
 海綿で泡立てた石鹸の泡を手で丹念に、
 シエルの身体に塗りつける。

 シエルの小さな貝のような指の爪から、
 すっと伸びる上腕は、
 少年らしい直線的なラインで、
 その滑らかな肌は透き通る様に薄く、
 その下の血管までもが青く仄かに見える。

 シエルの背後から、セバスチャンは泡を、
 シエルの胸に伸ばした。

 思春期前の少女にも見まごう中性的な躯。
 石鹸によって、次第に透明から乳白色へと色を変えた湯によって、下肢が隠されると、
 もう、そこには少年とも少女ともつかぬ
 美しい存在があるのみだった。


 漆黒の執事は衝動的に、シエルを後ろから
 抱きしめる。
 ここまで大切に守りぬき、愛でてきた者が
 そこにいる気がした。
 それをわざわざ自分の手で穢すのは、
 どうしても嫌だった。

 でもそれは幻想なのだと、
 彼にはわかっていた。
 少年はもう人間ではないのだから。
 どんなに無力で、か弱そうに見えても、
 もう少年は悪魔なのだ。
 自分と同じ。

 
 たとえどんなに傷つけようが、
 殺そうと企もうが、
 すぐにその傷は癒え、
 また元の泥沼に陥ってしまうのだ。
 守る意味は無い。
 が、穢したいという情欲もない。

 
 瞳さえこのまま開かなければ、
 あの忌まわしい、
 自分と同じ紅い瞳を見なくて済むのだ。
 夏の海より青い瞳を常に想像もできる。

 愛や恋など幻想と言った葬儀屋の言葉が、
 記憶によみがえる。

 では幻想を抱くのは愛や恋か?

 この美しく青碧色の幻想に浸りたい私は、
 人間であった頃の少年に愛や恋などを抱いていたとでも言うのか?


 逆は真であるとは、限らないのだ。
 自分の餌に恋心を持つなどありえない。

 でも今はただひたすらに、
 人間であった時の少年が懐かしい。
 とんだ懐古趣味だ、
 と自分でも思うセバスチャンだった。

 そんなものに費やしている、
 時間の猶予はないと、
 冷酷な漆黒の悪魔が心で叫ぶ

 セバスチャンの中の、
 心の中の違和感はさらに大きくなって、
 苦痛もさらに広がった。