サルベージ短編三本
ハンドクリーム
2007/1/14発行 イベント配布ペーパー
「あぁ、君って子は全く…女の子だという自覚を持ちたまえよ。」
「うるっせーなぁ、いいの俺はこのままで!」
頬を赤らめて反抗的な口を利くくせに、エドワードはててて、と可愛らしいステップでロイの元へ近付いてゆく。
それをでれりといやらしく鼻の下を伸ばし、かといって手を広げる訳でもなく待つ( 水面下では手をわきわきさせていたのだが )黒髪の男に、その腹心の部下達は嘆息した。
小動物のようにちょこまか動く愛らしい少女をうっとりと見詰める二つの漆黒の瞳は、何かを期待しているかのようにキラキラと光っていて。
思わず愛銃に手を掛けてしまっているホークアイの腕を、ハボック、ブレダ、ファルマンが必死で押さえ、その様子をガタガタ震えながらフュリーが見守っている。
( 中尉!気持ちは解るけどもう少し耐えて!! )
女性とはいえ、上官であり、戦争という死線を潜り抜けてきたホークアイの腕力は驚くほど強く、屈強な男たちも抑える腕がぷるぷると震えていて。
その間にも視界の端では上官の元にたどり着いた少女が、不機嫌そうに唇を突き出したまま、ゆっくりと両手をロイの目線まで持ち上げるという、これまで何度も目にした光景が繰り広げられていた。
「ああ、こんなにがさがさになってしまって…。だから早めに戻ってきなさいと言っているのに。」
「手ががさがさになっても死んだりしねーし、俺忙しいもん。」
「このひび割れた手を見てアルフォンス君がどんな気持ちになるか考えてみなさい。」
「う~…。」
やれやれ、と呆れた風なポーズを取るくせに、その目は好色満ち満ちて居て、脂下がった目尻がほんのりと赤く紅潮している。
何故あのいやらしい視線に気付かないのか。
ハボックが一度だけ鎧の弟に尋ねてみた時
「だってその方が可愛いじゃないですか。いいんですよ旅の間は僕が一時も離れずに護りますから♪」
なんて、返事が返ってきて、その場に居た男衆はがっくりとうな垂れたものだ。
己の趣味とシスコン根性の為だけに、爛れた視線やいかがわしい魔の手にも気付かないよう純粋培養されてしまっている小さな少女に、同情せずにいられない。
大きな掌がエドワードのぷくぷくと白いそれを掬い上げるようにして包み込み、そっと撫でる。
甲に這い、指の股をまるで愛撫するようにくすぐる仕草は変態としか言いようが無く、セクシャルな意味には取ってないにしろ、こそばゆいその感触にエドワードは耳まで赤く染めて、目を細め、肩をひくりと揺らした。
「はやく…済ませろっ!」
「駄目だよ、どれだけ酷いのかを確認してからでないとね。」
声色だけは真摯に、しかしその鼻息は荒くロイはエドワードを窘める。
今にもしゃぶりだしそうに舌なめずりをする男を、これ以上見ていられないと怒りに燃えるホークアイ以外の部下たちは目を逸らした。
たっぷり5分間は堪能しただろうか。
漸く手を離すと、ロイは執務机の一番上の引き出しを開け、中からさも吟味するかのように小さな丸いケースを取り出して勿体ぶりつつ蓋を開け、中の白いクリームを人差し指でたっぷりと掬う。
引き出しの中には蓋が色違いのケースが5つ転がっているのだが、酷さによって使う薬が違うのだと説明しているロイが全部に全く同じ保湿クリームを詰めているのをこの場にいるエドワード以外の全員が知っていた。
「なぁ、その薬俺に持たせてくれればわざわざここに戻って来なくてもいいんじゃねぇ?」
「それは無理な相談だね。この薬はマスタング家に生まれた錬金術師にのみ代々伝えられる妙薬だから、外に持ち出す訳には行かないのだと何度も教えただろう?」
「そうだけどさぁ…。」
( 大将…騙されるな、それただのニベ○ハンドクリームだから!!! )
ここで現状に耐え切れなくなったフュリーが戦線を離脱した。
ふらふらと土気色の顔をして執務室を出てゆく後姿に引き止めるのはあまりにも酷だと声も掛けられない。
「さぁ…綺麗に塗ってあげようね…。本当は大量のたんぱく質を体内に直接注入してあげるのがいのだけど…。」
「う…ん?」
(セクハラ!意味解ってたら訴えられますよ!!)
押さえ付ける手にも限界が近く、ブレダとハボックの手は冷や汗に濡れて筋肉が痙攣し始める。
それだけの力が必要な程ホークアイが怒り狂っているということで、左腕を担当していたはずのファルマンは安らかに眠る死人のようだ。
そのままずるりと跪くと現実から遠く最果ての地へと旅立ってしまった。
呆け切ったファルマンを尻目に上官と少女の犯罪めいた遣り取りは続く。
ハボックとブレダは視線を合わせ、互いの精神力の強さを労いあった。
もうギブと言いたい、いや言わせてください!
しかしここでへこたれたら今や三分の二になってしまったせいで先程以上の労働を強いられている全身の筋肉の運動が無駄になってしまう。
二人だけではない。
ホークアイも既に限界を超えていた。
米神に浮かぶ血管が今にも血を噴出しそうに痙攣していて、戦場もかくやといった風情。
このままでは我が身が危険と撤退を決め、アイコンタクトを取り合った直後、ホークアイを遥かに凌駕した殺気が 悲壮感に暮れる二人の少尉に襲い掛かった。
(やばい…やばい…あっちもこっちもやばい!)
(俺まだ死にたくねぇ!)
膝もガクガクと笑い出すこの現状。
これでも二人は戦争をその身をもって経験していた。
死が目前まで迫ってきた瞬間だってあった。
でも今は、むしろあの時の方が幸せだったのかもしれないと思ってしまうほどのプレッシャーを全身で受け止めているのだ。
恐る恐る発信源に視線を向ければ、こちらを睨み付けているイシュヴァールの英雄の姿。
その射殺さんばかりの目が、オーラが、出て行けと告げていた。
無論ただ出て行くだけではない。
( ホークアイとファルマンも連れて行け!! )
(( は、はいっ!! ))
ただ只管に首を上下させ、喉奥から零れ落ちそうな恐怖を飲み込み、ハボックとブレダは口元をぐっと上げた。
そうそれは、二人同じ部隊で出撃した内戦で、味方は既に撤退していて置き去りにされた敵からの死角。
再び生きて会おうと、瓦礫の影で笑いあったあの日の顔だ。
こくりと頷き合い、同時にカウントを始める。
5.4.3.2.1…
ほぼ同時に二人は行動を開始した。
ハボックの手は重さを感じさせぬほど迅速にファルマンを肩に担ぎ上げ、ブレダは声を出されぬようにと羽交い絞めの体勢で器用にホークアイの口を塞いだ。
両手両足の自由になったホークアイは、向きを入れ替えようと足と腹筋に力を込めたが、二人の見事な連携プレイに敗北に帰す。
ファルマンを担いだままとは思えぬ身軽さで、力強くホークアイの両足を固定して小脇に抱えるハボックも、耳元で謝罪しつつ柔らかな唇をしっかりと塞ぎ、極力卑猥な部分には触れぬよう上半身を抱え込んだ、女性には割と紳士で見た目とは裏腹に結構モテるブレダも命には代えられぬと蒼白な面持のまま慌てて執務室を飛び出した。