サルベージ短編三本
たとえばこんな発覚編
2007/1/19発行 通販ありがとうペーパーvol.2より
鋼の錬金術師が3ヶ月ぶりにイーストシティに戻ってきた。
別段帰還の知らせがあった訳ではなく、ただふらりと立ち寄ったようにも見えて。
司令室に詰めている部下達の歓迎の賑わいを遠くに聞きながら、ロイ・マスタングは一人執務室で溜息をついた。
あの小さな子供が四肢の半分を機械鎧に変えてロイの元へ現れたのは一年前の事。
壮絶な痛みを乗り越えたのであろう強靭な精神に全身が総毛だったものだ。
彼の実力を疑った事等一瞬たりとも無かったが、国家錬金術師の試験を通過した通知が手元に来た時は安心すると共に、この先を苦難を思い憂う気持ちも湧き上がった。
未だ嘗て感じた事の無い想い。
護ってやらねばと。
それが恋情なのだと気付いたのはつい最近の事だ。
ほら、自分以外と楽しそうに喋っている声がこんなにも胸に痛い。
知られてはならない独占欲にロイは口元を歪めた。
早くここへおいで。
目を瞑り小さく息を吐き、再びペンを握り直す。
集中できない頭に舌打ちしながらも、書類に一枚一枚目を通す。
サインを入れようとペン先を紙につけた瞬間、ノックと言うよりは叩き壊す勢いで扉を叩かれ顔を上げた。
音が終わらぬうちに開け放たれたその先には心待ちにした金色の子供。
性別も年齢も、心の美しささえも自分なんかとは釣り合う事の無い太陽のような少年が立っている。
にや、と皮肉気に吊り上げた唇さえも愛らしい。
「よう!来てやったぜ!!」
「君ね…今のはノックのつもりかい?」
「勿論、あんたに言われた通りノックしてから入っただろ?」
「何度も言うがね、ノックとは入室の許可を得てから…」
「うるせーなぁ。」
何時も通りの遣り取りに苛立ちを隠しもせず、エドワードは大股で私の傍まで歩いてくる。
一歩、二歩、三歩…思わず視界の端で数えてしまう女々しさに苦笑すると、そんなロイを初めて見たのか、少し驚いた表情で上官の顔を覗き込んだ。
「どうした?疲れてんのか?」
上目遣いで小首を傾げる仕草に心臓が大きく跳ねた。
10cmにもなろうかという近すぎる接触は今のロイにとって目の毒でしかなく、反応しそうになる股間の息子を心内で叱咤する。
「いや、そんなことはないよ。」
「ふぅん。」
引き攣らぬように微笑む事ができただろうかと肝を冷やしつつも深くまで追求しないエドワードの簡素な返答に肩の力を抜いた。
ぽふぽふ。
あまりの素早い動きに小さな手が差し伸べられ、頭部に触れるのを許してしまう。
二次性徴を迎える年頃のエドワードの手は白くて毛も生えておらずぷにぷにと柔らかかった。
自分がこの年齢の頃には既に声変わりも終えていてもう少し無骨な外見だったよな、などと何の気なく考えていたら、もう一度ぽふぽふと触れられ、漸く頭を撫でられているのだと気付き。
想いを寄せる少年からの初めての接触にロイは滅法慌てたのだった。
「な…っ!何をいきなり!」
「だって…やっぱり俺にはあんた疲れてるように見えるし…こうして貰うと俺疲れ取れるから…。アルにしてもらうんだー。」
いつものキツイ視線は何処へやら、ほんわかと笑みを浮かべて再び優しく撫でてくるエドワードの温もりに、邪な熱はどこかへ去って、胸がじんと熱くなる。
「鋼の…。」
「大人ってこういうの効かないのか?」
「………いや、とても気持ちいいよ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
予想もつかなかったエドワードの行動に存分に癒されたロイは釣られる様ににこりと笑う。
その表情があまりにも慈しみに満ちていて、普段書類に囲まれむっとしたような表情か、女性に囲まれて胡散臭く愛想を振りまく顔しか知らなかっただけに、エドワードもぽかんと口を開いて固まった。
手が止まったのを訝しんでふと目を遣れば耳まで真っ赤にして硬直した子供。
その姿に、もしかしたらこの子も自分に少しは気があるのではないだろうかと気分が高揚する。
「鋼の?」
「……っ!!」
「どうしたんだ?」
「なんでもねぇっ!これ報告書、すぐここを出たいから速攻で処理してくれよな!!」
打って変わったエドワードの態度に慌てたロイは、だとしたらチャンスだとばかりに焦って口を開く。
「そんなに急いでどうするんだね、今日到着したばかりなのだろう?疲れを取ってくれた礼にディナーでもご馳走しようと思っていた所だったのに…!」
「や…野郎とメシ食って何が楽しいんだよ!俺は忙しいんだ。とにかくそれを真っ先に片付けてくれ!」
「ちょっ…鋼のっ!!」
あまりのスピードにまるで嵐のように走り去ったエドワードを引き止める事はできなかった。
後姿から垣間見えた耳はやはり紅潮したままで、それだけでもなんとなく嬉しい気分になってロイは机の上に放り投げられた報告書を手に取り一枚目をぺろりと捲る。
読み進めればいつも通り完璧な内容で、掘り下げて書かれた部分には思わず感嘆の声をあげてしまうほど。
流石私の鋼のだな!とうきうきサインを入れ、それでは直々に持っていって手渡ししてやろうと椅子を立ち上がるとふと目に入った使い古され草臥れた茶色の革のトランクが扉の横にちょこんと置いてあった。
入ってすぐに置き、まっすぐこっちに歩いてきたのだろう。
ロイはずしりと重いその鞄も一緒に持って行ってやり、からかって可愛い表情を見せてもらおうと持ち上げる。
「む、結構重いな…おっと!」
持ち上げた瞬間つるりと持ち手が滑り、鞄は床に叩きつけられた。
書類を出したばかりで鍵までは掛けていなかったのか、ばくんと音を立てて口が開く。
予想外にきちんと整理整頓されていた中身は服など綺麗に畳まれていて然程酷い事にはならずに安堵の溜息を吐いた。
散乱してしまった荷物を戻そうと横にあった黒いタンクトップを手に取った瞬間、はらりと落ちる薄手の巾着袋に入った柔らかな何か。
鋼の錬金術師にはおおよそ似つかわしくないと思ってしまったのは、それが可愛らしい刺繍の入ったピンク色をしていたからだった。
思わず手に取ってまじまじと見る。
中に入っているのは大事なものなのだろうか。
小さくて柔らかなものだというのは解るのだが、それだけに中が気になって仕方が無かった。
「………。」
指先で摘んで目線まで持ち上げぷらぷらと揺すってみる。中身は何だか解らないままだ。
これがハボックやブレダの持ち物だったとしたらそんなに気にはならなかったのだろうが、如何せん持ち主は最愛のエドワード。
もしや旅先で可愛い恋人でもできてしまったのだろうか。誰よりも男前の小さな子供がこんな乙女ちっくなアイテムを好んで持ち歩くはずはないのだ。
恋愛には晩熟でイロハのイすら解らない、猥談は走って逃げ出して仕舞うほどの純情さだったから安心していたというのに。
ロイの脳内は暗雲が垂れ込め始めていた。
もし母親との思い出の品だったとしたら…。
それならそれで良かったで済ませる事が出来る。
開けたのはきっとバレやしない。
開けてしまえ、そして中身を確かめろ。
ごくりと口内に溜まった唾液を飲み下し、巾着の口を両手で持つ。