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愛と友、その関係式 第18,19,20話

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 一礼して進路指導室を後にする。廊下へ出ると、夕日が壁一面を真っ赤に染めていた。美奈子も鈴鹿も赤く照らされて、歩く二人の影だけが黒く床を染めていた。
「監督、残念そうにしてたね?」
「ん。――でもよ、これだけは譲れねぇよ。ずっとガキの頃から目指してたんだぜ」
 鈴鹿は少し目を細める。夕日が床に反射して眩しいのかもしれないし、懇意にしてもらった監督に罪悪感のようなものを感じているのかもしれない。
「ガキの頃、か。――もう高校三年なんだって、そう思うと不思議だね。子供のころ夢みてた大人にあと少しでなっちゃうんだ」
「ああ。ま、俺は夢じゃなく目標だけどよ」
「そうだね、ごめん」
 不意に鈴鹿が立ち止まった。美奈子もつられて立ち止まる。
「なぁ、お前もさ。監督の言う通り推薦のがいいのにって……そう思うかよ」
 美奈子は目を丸くした。それから、首を横に振る。
「――ううん。だって、和馬からバスケをとったら何も残らないんでしょ。日本におさまりきるバスケで守りに入るなんて和馬じゃないよ」
 弾けるように笑う美奈子。鈴鹿はきょとんとし、ややあって歯を見せ笑いかえした。
「そっか、そうだよな」
 鈴鹿は美奈子の両肩を掴む。
「そうだぜ。俺は世界のバスケがみてぇ! もっと、もっと、すげぇバスケが俺自身でしてぇんだ!」
 キラキラと鈴鹿の瞳が輝いていた。まるで子供のように、無邪気で曇りがなくて力強い。
「和馬は……出会ったときから変わらないね」
 高校一年、体育館で一人モップがけをしていた鈴鹿と美奈子は出会った。あれから二年、鈴鹿の”目標”は変わらない。あと一年、そう遠くない未来に鈴鹿は目標を現実にしてしまうんだろう。美奈子にはそんな気がして拳を握りしめた。
「あと一年で会えなくなっちゃうんだ。寂しいね」
「――あン?」
「バスケ留学するんでしょ」
「おう!」
 嬉しそうに鈴鹿が頷く。何故かずれる思惑に、美奈子の胸がチクチク痛んだ。
 ――また。
 蘇る痛みは、場面すら蘇らせる。
 公園での鈴鹿と紺野の姿が、今の鈴鹿と美奈子に重なった。意識を逸らそうと努力すればするほど、いやに鈴鹿の唇らへんに意識を集中させてしまう。みるみると熱を帯びていく身体――。
「あ」
 何かに気づいて、鈴鹿は掴んだ肩を放して美奈子へ手を伸ばす。
「ッ!」
 美奈子は伸びてきた手を思わず払ってしまった。直後、はっとして美奈子は顔を青ざめさせた。鈴鹿の指先には糸クズがつままれている。
「糸クズ、ついてたからよ」
 困惑した表情で鈴鹿が呟く。もしかしなくても、糸クズをとろうとしてくれただけだ。
「ごっ、ごめん」
 咄嗟に言い訳が出てこない。まさか、公園で覗き見をしていたなんて言えるはずもない。
「あの、それがね。最近さ、護身術を研究してて――つい条件反射で腕が出ちゃったっていうか」
 数秒、答に窮したあげく出した理由がそれだった。かなり苦しくはあるが。
「ふーん。そっか」
 引っかかる部分は多少あるものの、追及するほどではないと鈴鹿は踏んだようだ。頬をかいて、美奈子から数歩はなれて伸びをした。廊下の窓から体育館をうかがい見る。
「あぁー……と。俺は軽く自主トレして帰るけど、お前はどうする?」
「私は帰ろうかな。ごめんね」
「別に謝ることじゃねぇだろ。――ま、じゃあな」
 鈴鹿は手をあげた。くるりと背を向けて歩きだす。と、途中で止まって美奈子へ顔だけ振り向いた。
「あのよ。……ありがとな。目標を信じてくれて。お前も……姫条も信じてくれて嬉しかった」 
「えっ」
 小さくて聞き取れなかった鈴鹿の声。だが、言いなおされはしなかった。顔を赤くさせると鈴鹿は一目散に走りだす
 瞬く間に消えた鈴鹿の姿。目標に迷いはないが、鈴鹿でも一瞬だけ気が弱くなってしまうときがあるのだろう。思うと、美奈子は微笑んだ。
「がんばれ、和馬。――さ、帰ろう」
 一息ついて美奈子が足を踏みだそうとしたときだった。
「美奈子ちゃん。やっと二人きりになれた」
 後ろ背に声が聞こえた。
 振り返ると、そこには真剣な眼差しで美奈子を見つめる紺野が立っていた。
「紺野さん」
 名を呼ぶと、紺野は胸の前で手を握りしめ美奈子へ一歩ずつ歩み寄った。
 まさか、先ほどの会話や様子を聞かれていたのだろうか? 美奈子が鈴鹿の手を払った不自然さも、感じている胸の痛さも。
 全てを見透かしているような紺野の視線に、美奈子は知らずに後ずさる。
「和馬くんと仲がいいね。美奈子ちゃん」
「そっ、そうかな?」
「……うん。和馬くんも美奈子ちゃんのこと、大事な”友達”だって思ってるんじゃないかな」
 言葉の端々に棘が含まれているのは、鈍感な美奈子にもよく解った。
「あの、あのね? 今日はね、美奈子ちゃんにお願いがあってきたの。この前のことなんだけど……」
「この前?」
「とぼけなくたっていいよ。目が、あったんだもん」
 紺野は穏やかに微笑む。
「あれがどういう意味かわかるよね?」
 公園の二人が脳裏を過ぎる。重なる影、キスの意味。
 がんがんと耳鳴りがして、美奈子は溜まらず顔をしかめた。紺野は気にせず言葉を続ける。
「私たち、付き合っているの。……うまくいきだしてる。だから、もう和馬くんに気のあるふりをしないで」
「私は!」
 美奈子は痛むこめかみを片手で押さえて叫ぶ。
「そんなこと、していない……!」
 苦々しく搾りだした声に、それまで穏やかな表情を浮かべていた紺野の顔が凍りつく。強い瞳。それには見覚えがあった、藤井に向けられた視線と同じだ。
「本当に? 本当にそう思ってる?」
 紺野の責める声。だが、藤井のときと違い、美奈子の身体の奥から沸々と熱い何かが生まれていく。
「……てない」
「なに?」
「してない!」
 熱いものを吐きだすように美奈子は叫んだ。美奈子からは考えられないような鬼気迫る表情だった。
 紺野が一瞬ひるみ、美奈子は我に返って口元を覆った。
 ――また。
 チクチクと胸が痛みだす。自分の身体が、自分のものでない感覚。どうしようもない感情の奔流をコントロールできない。
 紺野はこの感情の正体を知っているのかもしれない。冷静に美奈子を見つめていた。
「美奈子ちゃんは姫条くんが好きなんだよね」
「――!」
 言葉に、胸の痛みが一層増していく。
「どうして怒るの? ……邪魔しないでって頼むこと、そんなに変なことかな?」
 核心をついた正論だ。言い返せなくて、美奈子は下を俯いた。
 ――自分は何がしたい?
 ぐっと両手を握りしめる。痛いほど指先が掌にくいこんだ。
「そう、だよね。紺野さんの言う通りだよ。……その、誤解させたみたいで本当にごめん!」
 美奈子は思考を放棄して一気に言葉をまくしたてると、踵を返して逃げだした。
 心にもない言葉だった。本当は納得などしていないことを自分が一番に理解していた。
 
 
◇◆◇◆◇

 美奈子は廊下を駆け、生徒玄関を出る。タイミングが良いのか悪いのか、校門の前に姫条の姿を見つけた。美奈子は走り寄ると、挨拶もそこそこに姫条の腰へ抱きついた。
「ちょっ、美奈子ちゃん?」
 戸惑う姫条の声。
 ――解ってる、こんなのは私らしくない。