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キネマトグラフ【大正パロ】

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 灰色の石壁を背にした隅の席。空いた店だというのに決まって彼自らの指定席に、文次郎は座っていた。マントと帽子を椅子にかけて座る彼は、本を捲る手に忙しくこちらに気付かないようだ。
眼前の、底が透けて見える紅茶には手のつけられた様子がない。彼は西洋から入ってきたものがあまり好きじゃなかった。
以前、どうして緑茶を腐られた湯にわざわざ高い金を出す、と年寄り臭いことをぶつぶつ言っていたのだ。思い出して、ふっと漏れた笑みにやっと文次郎が気づいた。
 手を上げて軽く挨拶しながら仙蔵は向かいの椅子を引く、文次郎は一瞥してから本を閉じて、仙蔵の指に目をとめた。
 それ、どうした。仙蔵の小指には、黒い指輪が光っていた。
「もらった」
 さる夫人に、な。仙蔵はひらりと右手を裏返してみせる。
すると急に文次郎が口をつぐんでしまったので、仙蔵は、親戚の御婦人だと笑った。
 嘘だ。