居心地のよい場所
それは今から一年程前の事。
アムロは外郭新興部隊ロンドベルに所属した後もシャアの行方を捜し続けていた。
グリプス戦役で行方不明となったシャア。
彼の捜索は早々に打ち切られたが、アムロは必ず生きていると信じ、各コロニーを極秘に回って情報収集を行っていた。
ある日、ネオジオンの噂を聞き付け、確認のためにとあるコロニーを訪れた。
一般客を装うため、定期シャトルを移動手段として選び、到着ゲートを潜って、手荷物受取所に向かおうとした、その時!
何かがアムロの頭を掠めた。
誘われるように振り返ると、男が一人佇んでいる。
髪は金、瞳は青、無駄な肉も無いスラリとした長身。
帽子をかぶるでもなく、サングラスなどで瞳を隠す事もしていない。
そこに居たのは、紛れもなくシャア本人だった。
アムロは咄嗟に右手を腰にやったが、そこに銃がある筈もなく、自身の迂闊さに「チッ!」と舌打ちをした。
だが、このチャンスを逃すまいと、威嚇するように鋭い視線を投げかける。
それに対してシャアは、何故か真剣な面持ちで、じっとアムロを見つめていた。
温度差のある異様な雰囲気が二人の間に漂う。
そんな中、先に動いたのはシャアだった。
ゆっくりと手をアムロの方に差し伸べて、声をかけた。
「『人類の未来のために』などと、綺麗事は言わない。
アムロ、私と共に未来を歩んでくれないか?」
「・・・?!、なっ、・・なんだと?」
シャアは突然の事で呆気に取られているアムロとの間合いを瞬時に詰め寄り、彼の腕を掴んで身体を引き寄せ、その広い胸の内に抱きしめると、もう一度同じ台詞を繰り返した。
「私と共に未来を歩んでくれ。君さえいれば他に何もいらないのだ。
アムロ、私は君だけが欲しいのだ。君の存在全てを愛してる」
注ぎ込まれた言葉はアムロの胸を深く貫いた。
密接する胸から響くシャアの早い鼓動。
腕を掴んだ指先は小刻みに震えている。
そして、アムロにとって一番重要な感覚であるNT能力が、シャアと触れ合った瞬間に流れ込んだ彼の感情を読み取っていた。
最初は自分から逃げるための冗談か?と疑っていたが、シャアが嘘偽りのない想いで述べた言葉である事を、自らの能力が肯定している。
今の告白が間違いなく本物だと、アムロは確信した。
アムロはシャアを探しにコロニーに着いた所だ。
もちろん彼を見つける事が最重要項目。
しかし、捕まえるよりも先に、彼の真意をもう一度、彼自身の言葉で確かめる。
大方の予想はしているが、本当に無謀な手段に出ようとしているのなら、全力で押し留めるつもりだった。
なのに、この突然の展開。
驚きに戸惑うアムロだったが、シャアに抱きしめられているこの状況を心地好いと思う自分がいる事にも気付いてしまった。
「・・・俺は」
アムロはシャアに抱きしめられたまま、視線を足元に残したまま小さな声で話し始めた。
「俺はついさっきまで貴方を見つける事しか考えていなかった。
見つけて、話を聞いて、『バカな事するな、考え直せ』って言うつもりだった。
『貴方一人が全てを背負わなくてもいいじゃないか』とか『無茶な事を進めるな』とか、色々と言ってやろうと思ってたんだ」
正直な気持ちを思ったまま話す。
「俺はいつも貴方の行動に文句しか言えないが、心情は理解できると思う」
アムロがゆっくりと顔を上げ、シャアの顔を、その青い瞳を真剣に見つめる。
シャアは腕の力を少しだけ弱めて、アムロの顔を正面から見つめ返した。
「今更、好きや嫌いで行動を起こす程、俺は若くもないけど、貴方の事はどうしても嫌いになれない。でも正直、『貴方の事をどう思っているのか?』と、問われても自分でもよく分からないんだ」
シャアはアムロが話すその言葉を、一つも聞き洩らさない様に聞き入る。
「だけどな、どうやらこの手を振りほどく気は・・・」
アムロは視線をシャアから外して一呼吸置く。
それからもう一度、シャアに向けて微笑んだ。
「無くなったな」
「アムロ!!」
シャアはアムロに覆いかぶさるように、ギューッと強く抱きしめ直した。
アムロの掴まれていた腕が自由になると、両腕をシャアの背中に回して、抱きしめ返す。
「曖昧な答えで悪いな」
「君が傍に来てくれると言ってくれた。それだけで十分だ」
「すまない」
「構わないと言ってる」