居心地のよい場所
「貴方の気持ちは嬉しいよ。でもさ、まだたったの一年じゃないか」
「違う!もぅ一年だ」
「・・シャア・・」
アムロが場の雰囲気を変えようと明るくいった一言は、声を荒げたシャアに否定されてしまった。彼の悲痛な叫びを読み取ったアムロは、それ以上なにも言えずに黙ってしまう。
シャアはまた俯いてしまった。
まるで自分の所為だと言わんばかりの落ち込みように、アムロはどうすれば彼が思い直してくれるのかと考えながら、彼の横顔を見つめていたら、ある事を思い出し、つい頬が緩んだ。
「・・そういえば貴方、会見ではかなり我慢したんだってな」
不意に変わった話題にシャアは視線だけをアムロの方へと寄越す。
アムロはシャアの座るソファの肘掛けに腰を下ろした。
「ナナイさんが教えてくれたんだけど、俺って『身体で総帥をたらし込んだ』んだってな。知らなかったよ。そんな芸当が俺に出来たなんてさ。そんなに簡単にたらし込めるんなら、もっと早くそうすればよかったよな」
他人事のような台詞で、愉快に笑いながら話す。
「そんでもって、貴方の反論が、
『愛想を付かれるまで無体な事をしておいて、いざ逃げ出そうとすると慌てて閉じ込める。まるで奴隷を囲う旧世紀の貴族の様ですね』
って言ったんだろ?その時の奴等の顔を拝みたかったなぁ。絶対に真っ赤になって怒ったんだろう?」
実の所、今回の交渉決裂の原因は、シャアこの台詞だったのだ。
売り言葉に買い言葉。
どちらも言葉が過ぎたのは分かっているため、原因となったアムロの件は一時凍結。
後日改めて交渉を持つ運びになったのは、ナナイの尽力があったためである。
だから、つい怒りに任せて口を滑らした事を恥じたシャアは、一人で項垂れていたのだ。
それなのに、彼が落ち込んでいた原因をアムロに笑い飛ばされてしまった。
ケラケラと一頻り笑ったアムロは、またシャアの頭の上に手を乗せた。
ふわりと羽のような軽さで頭を撫でだすと、シャアが顔を上げてアムロを見つめる。
「プッ!!貴方、なんて顔してんだよ」
突然、アムロが吹き出した。
先程と同じ台詞を、今度は愉快に笑って告げられる。
困惑した顔付きになったシャアに気付いたアムロは、なんとか笑いを収めた。
「ナナイさんが関心してたぜ。『総帥があれ以上激高しなかったのは奇跡です』ってさ。よくガマンしたよな。ホント、えらい、えらい」
頭を撫でられる手つきはとても優しく、幼い子供をあやす様な素振りだ。
シャアはしばしの間、アムロにされるがままにしていたら、あれほど落ち込んていた気持ちは、何処かに消え去ってしまった。
「ハイ、お終い」
そんなシャアの気持ちに気付いたのか、最後にトンと軽く叩かれて温もりが離れて行く。
シャアが咄嗟にその手を追い掛けて手首を捕まえれば、アムロは少し呆れ顔をした後、顔を寄せて来た。
「今更、地球に戻るつもりなんてないんだからな、俺は。MSに乗れない事がどれだけ延びようと、困る事なんてないさ。だから、貴方も気にするな。それよりも」
吐息の掛かる距離を更に縮め、唇を軽く重ねる。
「貴方の傍に俺が居る。たったコレだけでも俺は幸せを感じてるんだ。こんな気持ちを知ってしまったら、些細な事で無くしたくないだろう?俺も貴方を離したくないんだよ」
「・・アムロ」
シャアの手がアムロの頬に優しく触れ、そのまま首に回される。
二人はどちらともなく近寄り、長い口づけを交わす。
「ありがとう、アムロ」
甘い吐息が離れ、一度目を伏せたシャアが柔らかく微笑み、礼を言う。
先程までとは一変して、嬉しそうな笑顔を見せている。
「私は忘れてしまっていたようだな。君が傍にいてくれるのが当たり前になってしまって、慾を出し過ぎたようだ。私の方こそ『君に愛想を付かれない様』心掛けねばならないな」
「それぐらいとっとと気付けよな、阿呆総帥。それに、あんまり俺を放っておくと暇になり過ぎるから、ブライトの所にでも行って来こようかと思ったぞ」
「それは駄目だ!君はブライトの所に行くと一向に帰ってこないではないか!」
おやおや、甘い雰囲気は何所へ行ったのやら。
『ブライト』の単語一つで猛烈に慌てるシャアを見て、今度はアムロが楽しそうに笑う。
「貴方って、俺とブライトとの楽しい語らいの時間をいつも邪魔しに来るよな」
「当たり前だ。一週間も君無しで一人寝など、御免被る」
「そうだな。俺も貴方の腕の中が一番だから。いつまでも暗く沈んでる奴じゃゴメンだな」
ニヤリと笑うアムロに、してやられたシャアはソファに深く座り込んだ。
「分かった、私が悪かった。落ち込むのはヤメにする。だからあまり私を苛めないでくれ」
「分かればよろしい」
この勝負、アムロの勝ちで終った。
「だが、この次こそ君の翼を返すよ」
「『期待しないで待っているよ』」
懲りない台詞を互いに掛け合うと、どちらからともなく笑い出した。
二人の笑い声が部屋中に響いていく。