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After PRECIOUS DAYS

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吹雪士郎の場合 (四年後)


 真っ白に閉ざされた地面に足跡をつけると擦り合わせた掌に息を吐き掛ける。寒いな、と呟く声も白く染まって、目の前をまた塗り潰した。
「アツヤは、寒くない?」
 一人きりで宙に語り掛けたところで返事などあるはずもない。だが少年にとって一人だということは違和感のある表現だった。少年はいつも、ひとりではなかった。少なくとも数年前までは、一人でいても賑やかだったはずだ。見上げた空はどんよりと灰色の雲に覆われている。その声は空の上までは届かないだろう。
「寒くないよね。アツヤ、いつもせわしないから、寒くなってる暇なんてないだろう」
 少年が笑っても、音を飲み込むような一面の雪が一瞬にして静寂を塗り重ねる。埋もれた古い看板を見て、衝動的に涙が伝ったが、少年はそれを拭うこともせず、ただ優しくそこに積もった雪を払うだけだった。掌を退けると、北ヶ峰という地名が今にも消えそうな字で書かれている。
「寒いのは、幸せなことだよね」
 だって生きているから感じられるんだもの。少年は雪原の真ん中、無防備すぎる程の薄着で立ち続け、ぽつりぽつりと涙を落とした。顔中に皺を寄せて目を瞑っても、幾粒も幾粒も雪に落ちて溶けていく。噛み締めた唇はあまりに冷たかった。
「母さん、父さん」
 押し殺すような嗚咽に混じって呟かれた声は、きっと一人でなくても誰かに聞かれることはなかっただろう。拾い聞くとしたら自分の中の彼くらいなものだ。風に吹かれてあっという間に散った言葉は舞って、吹雪士郎本人だけに強く叩き付けて消えていく。
「大好きだよ…ずっと、ずっと、忘れないよ。母さんも父さんも、僕の、大切な家族だよ」
 先程までの静寂は風の音に破られていつの間にか此処にはない。頬を流れる涙を払うように、空気が鋭く肌を撫でた。まるでアツヤのようだと思う。優しくて、でもそれを乱暴ぶって隠そうとする。そんな温かさが少年はとても好きだった。
「…アツヤ」
 少年はもう大学に上がる年齢だったが、その声は迷子になって親の手を探りながら泣きわめく幼子のようだった。アツヤ、という名前を、少年は一体何度口にしただろう。今日だけではなく、これまでの人生に、一体何度呼んだだろう。その内の何回に、返事があっただろう。
 長い間身に付けていたせいで摩れた白いマフラーを抱き締めると、まるで自分達は初めから一人だったかのように思う。さっきまで自分達は同じ胎内にいて、同じ愛情に抱かれて同じ声に慈しまれ同じ温もりを感じていたかのように思う。同じで良かった。僕らは全て平等に生まれ育てば良かった。完璧なんかじゃなくても、二人で補い合って強くなれればそれで良かったのに。
「ごめん。ごめんね、お前が大好きなサッカーも、将来も楽しいことも全部…僕が…」
 尻すぼみに、声にならない声が口内に消える。罪悪感から咽んで、ごめんねと繰り返す以外はもう、音にすることさえできなかった。
 駄目な兄だった。弟に甘えて、守られて、愛されて、大事にされて、励まされ、傍にいて、支えて貰わなければ立っていられなかった。ごめんねと何度口にしても弟にはもう何も返してはやれないのだ。自分は生きていて、アツヤは死んだのだから。ずっと昔からそんなこと、ちゃんと分かっていたのだから。
 それでも傍にいて欲しかったのだ。
 生まれかわれたらまた、お前の兄弟になりたいんだ。怒らないで、許して欲しい。今度は、ちゃんと僕がお前を守るから。アツヤの何倍も何十倍も、大切に、してみせるから。そう言って笑った。
 傍にいて欲しかったのだ。大好きだった。誰よりも自分を宝物のように誇って、理解して、そして時折振り回してくれる弟が。大好きだった。誰よりも。大好きだったのだ。
「もう眠って良いよ、アツヤ。母さんと父さんのところにいって、良いよ。」
 離れたくなかったのだ。
 吹雪士郎という人間の半分は、紛れもなく吹雪アツヤという存在で出来ていたのだ。アツヤが生きて士郎の中にいるとか、いないとか、そんなことではかれない事実として、吹雪アツヤは士郎の中で生きていた。そして笑っていたのだ。
「そっちで待っていてね。僕は強くなるから。お前はもう何も心配しなくて良いから」
 気付けば吐きだすように言葉が流れ出ていた。ここまで来るのに十年かかった。あまりに当たり前な答えを受け入れるまでに、こんなにも時間が掛かった。吹雪士郎は弱い人間だったのだ。吹雪士郎は、弱くても良い人間だったのだ。今日まで。それは今日までのことでなければならないと決めた。
「僕はひとりでも、ちゃんと生きるよ」
 明日から東京に行く。遠い土地で、一人で生きていくのだ。故郷の優しさにもう甘えたりしない。家族の死んだ場所に、すがりついて泣きはしない。明日この北ヶ峰は、切り崩されて高速道路になる。ここに雪崩が起きることは二度とない。アツヤ、と士郎はもう一度囁いた。自分の中に呼び掛けるのは、これが最後だ。明日からはちゃんと、此処ではなく、家族の眠る墓に行く。花を手向け、手を合わせ、自分ではなく、家族のために祈る。たくさんの感謝とその安らかな眠りのために。

作品名:After PRECIOUS DAYS 作家名:あつき