【Alwaysシリーズ 1 】 Always
2.
クリスマスだというのにその日は雨が降っていた。
(雪だったらまだましだというのに……)
そう思いながら、ゆっくりとオフィスのあるビルを出ると、いつもの帰り道を歩く。
それほど寒くはないが、暖かくもない。
空はどんよりと曇って、空気は重く湿って石畳は濡れていた。
道行く人はみんな笑顔のような気がして、ドラコはずっとうつむいたままだ。
習慣のようになってしまったポケットに入っている鍵をそっと握る。
それはザラザラとした感触で、ひんやりと冷たかった。
(……ああ、あのときなんで頷かなかったんだろう――)
後悔ばかりが胸に迫ってくる。
(ちゃんと話し合えばよかった。方法はいくらでもあったのに。まだ時間はいくらでもあると思っていたし、ずっとあのままの関係でいられると思っていた)
たまらずドラコはぎゅっと唇を噛んだ。
(いっそもうこの鍵を捨ててしまえればいいのに。こんな壊れた鍵なんか)
それでも今でも未練たっぷりに持っているのは、「もしかしたら」という思いだけだった。
学生の頃ハリーは何度もドラコに「いっしょにいこう」とささやいた。
しかし自分には両親がいて、マルフォイ家という屋敷があり、後継者という責任があって、それを捨て去ることなど出来ないと思っていたあの頃。
卒業式の午後、ハリーはまたドラコに手を差し出した。
「卒業おめでとうドラコ。さぁ、僕といっしょ行こう……」
笑って出されたあの右手が最後だった。
ドラコが横に首を振るとハリーはそれ以上何も言わず、ただ悲しそうに肩をすくめた。
――それから後の彼の足取りはぷっつりと途絶えた。
(あの手をとっていたら、どうなっていたんだろう?)
彼が失踪したあと、自分が大切だと思っていたものは、実はちっとも大切ではないことをやっと理解した。
家族も家も責任も、ちっとも自分を満たしてはくれない。
ただ目の前にあのくしゃくしゃの黒髪の恋人がいないだけで、もうすべても無くしたようなものだった。
やっと気づいて、渡された鍵のことを思い出して、自分の部屋のドアで試してみたけれど、一度とて開くことはない。
ほかのドアならばと手当たり次第に試みても、どのドアにも合うことはなかった。
(この鍵は壊れているんだ。)
開かない扉、回らない鍵の前でドラコは、そう何度も思い込もうとしている。
(――もしかして、もうハリーには自分が必要じゃなくなったから、この鍵でドアは開かないんだ)
そういう思いがいつも頭の隅にこびりついて、いつもドラコを悲しく落ち込ませた。
5年の歳月は重く、ドラコはもうそういう思いに慣れてきていた。
どうせ自宅に帰ったとしても、わけの分からないパーティーでもしているのだろう。
年頃の息子のために、両親が用意した素敵な花嫁候補ばかりを集めた大広間は、さしずめダンス会場だ。
無理な笑顔を張り付かせて、ずっと踊るなんて真っ平だ。
上流社会も、血筋のいい娘も、品行方正な息子のフリも、クソくらえだ。
(本当の僕は自堕落で、とてもいい加減で、整理整頓なんか苦手なんだ。ごちゃごちゃの部屋の中の、しわくちゃのシーツ上が好きだった。あの額の傷も、背中をさわるとくすぐったがる癖も、聞くほうが恥ずかしくなってしまうほど大げさな愛の言葉も、みんな好きだった。自分のものだと思っていた)
ドラコは小さな店のショーウインドーを覗き込んだ。
金のネクタイピンはあの緑の瞳によく似合いそうだった。
あのシャツは黒い髪によく栄えるだろう。
象牙の櫛や銀色の爪やすりが入っているグルーミングセットは、スタイリッシュで素敵だった。
紺色にポーカドットの柄入りのシルクのネクタイは、どうだろう?
どんなものでも相手はとても喜んでくれた。
あの笑顔を見ただけで、自分も幸せになれたのに。
今はそのプレゼントする相手すら、どこにもいない。
ドラコはそっとため息をつくとただの気休めにしかならないのに、その店に入ることにした。
渡す相手もいないプレゼントを買うことなど、ばかげているとは思ったけれど、それでもよかった。
何も無いよりはましだった。
古い深緑の木製のドアを押して入る前に、金色のノブを握った。
つい出来心でポケットの鍵を差し込んでみる。
今まで何度のさしこみ、傷だらけのそれは、一度とてドラコの望みを叶えたことなどない。
──それでも――
作品名:【Alwaysシリーズ 1 】 Always 作家名:sabure