【Alwaysシリーズ 1 】 Always
3.
扉が開いたとき、ハリーはシャンパンの栓を抜こうとしていたときだった。
ガチャと真夜中にドアのノブが回りリビングの扉が開いて、入ってきた人物に驚きの声を上げた。
「―――えっ、ドラコなの?」
瓶をつかんでコルクを抜きかけの変な格好のまま、まじまじと相手を見つめる。
そこにはほっそりとした長身にベージュ色の仕立てのいいコートの襟を立てたドラコが、ひどく驚いた顔で戸口に立っていた。
プラチナの髪は雨に少し濡れて色が濃くなり、毛先はやや長く伸びて肩に触れていて、整った顔立ちはそのままに、「信じられない」という表情で呆然と相手を見つめている。
「ハリーなのか?」
問うとコクンと相手がうなずくのをドラコはしげしげと観察した。
卒業したころより肩幅が大きくなり少しがっちりとした体型に、トレードマークだった癖のある髪の襟足をやや短めに刈り込んでいる。
相変わらずの黒縁の丸みを帯びためがねは、そのままのスタイルだ。
「本当にハリーなのか?」
再度尋ねると、相手が素直に縦に首を振るのを確認して、ドラコはつかつかと部屋の中へと躊躇せず入ってくる。
「お前というヤツはっ!」
喜びよりも先に今までの怒りがふつふつと湧いてきて、低く呟くと思い切り相手のほほを殴った。
「―――痛い!」
突然の出来事にハリーは殴られたほほを押さえて悲鳴を上げた。
「なんで、ドラコ?」
ドラコは卒業した頃とちっとも変わっていない薄灰色の瞳できつくにらみつける。
「なんでだと?ふざけるな!」
その勢いのまま相手の襟をつかみ喉元を締め上げた。
ぎゅうっと容赦なく絞りあげて、その頭を前後に揺すりあげる。
「このバカ!アホ!まぬけ!」
ハリーは身の危険を感じて、慌てて持っていた瓶をそっと気づかれないように、後ろのテーブルに戻した。
そうしないとこの剣幕だ。
シャンパンのボトルが凶器になり、ドラコに思い切り後頭部をブン殴られそうで、それだけは避けたかったからだ。
「バカ!バカ!バカ!大バカ野郎!」
そう連呼され、いきなりのバカ呼ばわりに、ハリーは目を白黒させて、なすがまま揺さぶり続けられている。
「えっ、何?何なの?意味が分からない……。っていうか、そんなに揺らさないで。舌を噛みそうだ」
グラグラと揺さぶられて、本当にハリーは目が回りそうだった。
「意味が分からないだと?僕がどれだけ探したと思っているんだ、このバカ!」
「探すって……、―――なんで?ちゃんとあの渡した鍵を使って、ドラコは簡単にここにやって来たんじゃないの?」
キョトンとした顔のまま、じっと相手を見つめる。
ドラコはポケットからその鍵を相手の目の前に突きつけた。
「見てみろ!」
自分の鼻先に指し示されたそれは、ひどくくすんでいた。
「えらくあちこちに傷が付いているね。もしかしてどうでもよくっていい加減に扱ったの?」
「バカ、逆だっ!この鍵はニセモノだと、ずっと今まで思っていたんだ。まるっきりのまがい物で、お前に騙されたとずっと思っていたんだからな」
「なんでニセモノをドラコに渡すんだよ、この僕が。僕のほうこそ待ちくたびれたよ。もうあれから5年だよ。……てっきりもう今年もダメだと思ってシャンパン抜いて、やけ酒飲もうと思っていたんだからね。かなり寂しいクリスマスをひとりで過ごそうとしていたんだから…」
「そんなのは自業自得だ!こんな出来損ないの鍵を渡す、お前が悪い!」
「出来損ないじゃないよ。ちゃんと今、開いたじゃないか」
「ああやっとな。やっと開いたよ。いったいどんな下手な出来損ないの魔法をかけたんだ?」
「何言ってんの?僕にしたら上出来だよ。きっちりクリスマスにセットしていたから、今日ちゃんと開いたじゃないか」
ドラコはかみ合わない会話に少しだけ首を傾げる。
「……ちょっと待てよ。クリスマスにしかこの鍵は使えないのか?」
こくりとハリーはうなずく。
「聞いていないぞ、そんなことは!」
「―――えっ、言わなかったっけ?」
「ああ、まったくの初耳だ。だからこの鍵は何度差し込んでも、どのドアにも使えなかったはずだ。あの僕の労力を返せよ。いったい何度、たくさんのドアにこの鍵を鍵穴に差し込んだと思うんだ。そしてそのたびに何も起こらなくて……」
ドラコの顔がくしゅりと歪む。
「僕がどんなにか――」
声が途切れ途切れになり、細い肩が揺れた。
うつむき小さな嗚咽が聞こえてきたので、ハリーはやさしく相手の髪をなでる。
「鍵を回して、ドアを開けて何もなかったときの気持ちをお前は分かるか?いつも裏切られた気持ちで落胆して、後悔して悔やんで、それでも今度は違うかもしれないと、明日はもしかしてと、何度鍵を回す僕の気持ちが―――」
ボロボロになった鍵はつまりそういう意味だったことに気付き、ハリーは相手にひどく同情しつつも、そこまで自分のことを思ってくれていたのかと、嬉しさが湧き上がってくる。
「――じゃあ、かなり待たせたみたいだね」
「まったく待たせすぎだっ!それよりなんで何も言わず、一人でいなくなったんだ!」
「なんでかなー……」
ハリーは久しぶりの相手の顔をうっとりと楽しそうに相手を見つめる。
「魔法界もよかったけど、やっぱりドラコに選んで欲しかったからかなー。誰よりも僕を選んで欲しかったから」
そう言って、今自分の目の前にいる相手に笑いかけた。
「ドラコっていろんなものを抱えて大変そうだったし、僕がどんなに口説いても「いっしょに行く」とは言ってくれないし、それでつい強硬手段に出たのかな」
「もし僕が気付かずに、最後までここへ来なかったら、どうするんだ?」
「うん……、――それは何度もクリスマスの日がすぎるたびに思ったよ。早まったことをしたと後悔していたけど、なんでかな………、毎年次の日の朝、やけ酒飲んでひどい二日酔いの頭でフラフラしながら思うんだ。この次こそ君がきてくれる。何もかも捨てて僕の元へ来てくれるって思って想像して、また一年を過ごすんだ。ドアを開けて君が入ってくる姿を想像すると、とても幸せな気分になれるんだ」
笑いながら、少し照れたように笑う。
「でもまさかこんなにも怒られて殴られるとは、夢にも思わなかったけどね」
自分の赤く腫れたほほを摩ってウインクした。
「聞きたいか、お前がいなくなってから今までのことを?」
「ああ、とても興味があるよ」
ドラコはうつむき、ぼそりとぶっきらぼうに低く告げた。
「―――最低だった。お前がいないだけで、もう死にそうなった」
そのストレートな言葉にハリーは相手の切羽詰った心を思って心がいっぱいになる。
そういうことは意地でも一切口に出さない彼がここまで言うなんて──
「君がいないと、もう泣くことができない。キスする相手も、抱きしめる相手もいない」
ぎゅっと相手に抱きついて、その肩口に顔をうずめてくる。
「ハリーが「もう泣かないで」と言ってくれないと、泣けないし涙が出ない……」
そっと肩のあたりが湿ってくる。
ハリーはただ相手の背中を撫でた。
作品名:【Alwaysシリーズ 1 】 Always 作家名:sabure