【Alwaysシリーズ 1 】 Always
「毎日朝起きると何も変わっていなくて、ただの平凡な日常が続いているだけなのに、たったひとりがいないだけなのに、全部が色あせて見えた。こんなに辛いとは思わなかった。……鍵が開かなくて、どんなにやってもダメで、「ああ、あのとき頷いていればよかった」と後悔ばかりしていた」
ゆっくりと顔を上げると、じっと深い瞳で相手はささやく。
「君でないとだめなんだ、ハリー……」
ハリーはゆっくりと相手の首筋に手を伸ばして引き寄せた。
「クリスマスには夢が叶うって言うけれど、本当なんだ。……まるで一生分のクリスマスプレゼントをもらった気分だよ。」
まぶたにほほに鼻先にと何度もキスをすると、ドラコはくすぐったそうに笑う。
「僕たちとずっといっしょにいてくれる?」
「もちろんだ」
迷いなくうなずき微笑んだあと、ふとドラコの顔が引きつる。
「………ちょっと待てよ、ハリー。お前今、変なことを言わなかったか?」
「変なこと?」
「僕たちって、どういう意味だ?」
ふたりだけで新しい生活を再出発させる気持ちでいたドラコは、かなり白けた顔で相手をにらんだ。
ハリーは視線を外して、居心地悪そうにもじもじとからだを動かす。
「あのさ、そのー、なんていうのか、5年は長かったんだよ、僕としてもさ。だから寂しくてたまらなくなってさ、我慢できなかったんだ」
「――それで?」
「えっとね、そのね。僕のこのアパートにはね、実はドラコが5匹いるんだ」
『ドラコが5匹』という訳の分からない言葉に、一瞬その当人のドラコは言葉に詰まった。
「僕をいったい何だと思っているんだ、ハリー?動物みたいに匹呼ばわりして、しかも5匹ってなんだそれは?!」
「ああ今は本当のドラコがいるから、5匹と一人だね。実際のトコロは」
「……一人は僕としても、あとの5匹はいったい何だ?」
そっとハリーは隣のドアを呼びさす。
「ベッドルームにいるよ、5匹とも。見てみる?」
おずおずという仕草にドラコはひどく不安になった。
なにかしらとんでもないものが、このドアの向こうにいるらしい。
しかしここを乗り越えなければ、ハリーとの新生活は始まっていかないから、ドラコは覚悟をきめる。
それでも(大蛇が5匹だったらたまらないな…)と多少不安になりながらドアを開けると、栗色の大きな物体が飛びついてきた。
「わーっ!!」
悲鳴を上げるドラコを勢いのままに押し倒し、その大きなからだで飛びつき、顔中を舐めまくりはじめる。
「止めてくれ。こいつをどかしてくれ」
ハリーはクスクスと笑いながら、本当のドラコの上からそれを下ろした。
「こいつはとても人懐っこいんだ。すぐ舐めるし、そのほかのドラコたちもものすごく人懐っこくてさ」
そう言い終わらないうちに、ドドドと地響きをたてて他の4匹も部屋になだれ込んでくる。
床にひっくり返っているドラコにまたつぎつぎと飛びつき、大きな舌で舐められて、一瞬にしてドラコの顔はヨダレでベタベタになってしまった。
「ハリー、何とかしろよっ!」
「シット!」
鋭く言うと、そのてんでバラバラの動きをしていた5匹はピシッと床に座る。
目の前には、5匹の立派な大型犬がいた。
ハリーは嬉しそうに頷く。
右の端からその犬の頭をなでて、ドラコに紹介した。
「この全体が茶色のがゴールド、白地に茶の斑点があるのはマロニエ、白に黒の斑点がデヴィアス、ほとんど白いのがムーンライト、ブルーベルトンがタッカーだよ。もちろんミドルネームはみんなドラコさ」
ドラコは目の前にいる5匹を見てため息をついた。
「全部イングリッシュ・セターじゃないか。よりによってこんな大きな犬ばかり飼わなくても……」
ハリーは上機嫌で、その毛足の長いつややかな背中をなでる。
「だってさ、ドラコみたいだったんだもの。上品で洗練されていて、優雅で貴族的でほっそりしていてさ、そのくせに甘ったれで、ものすごく人懐っこいよ。――たまんない」
チュッとその一匹のマロニエとキスをすると、犬は嬉しそうに尻尾を振った。
「毎年君が来なくて寂しくてつい新しい犬を飼っていたら、こんなに増えてしまって……」
「ごめん」と小さく謝って、頭をかく。
「やりすぎだとは思っていたんだけどさ、寂しくてさ、辛くてさ、ひとりで寝ることなんか出来なくてさ、一匹よりも二匹のほうが暖かくて、それでもやっばり本当のドラコのことを思ったら、足りなくて、毎年クリスマスのあとに家族が増えてさ。今ではこんなことになっちゃった」
「なっちゃったって、いったいお前ってヤツは……」
はぁーとため息しか出てこない。
「僕の見たところこのアパートには、このリビングとベットルームと、キッチンしかないようだが?」
「うん、ないよ」
「………やはりないのか」
頭痛がしてきた。
「──で、僕たちが寝るのはベッドルームだよな?犬はどうするんだ?」
「えっと、今まではいっしょに寝てたけど、今日からは別にするよ。リビングに寝てもらうことにする。大丈夫。いいコたちばかりだよ」
ふっと犬に笑いかける横顔がやさしくて、ドラコの心の中の足りなかった部分を満たしていく。
彼のすべてがとても愛おしかった。
もうそれだけで、どうでもよくなってしまう。
そおっと相手の手を握ると、ハリーも同じように握り返してくれる。
「……5年は長かったんだ」
「そうだね。ありがとう、ドラコ。僕のことを好きだと言ってくれて、ありがとう。とても大切なことでも言い忘れて、ポカをやって君を悲しませてしまう僕なのに、それでも好きって言ってくれてありがとう」
腕を差しだし柔らかく抱きしめて、どちらともなく唇を重ねてキスをした。
暖かくて深いものが、そこから凍えた胸に流れてこんでくるようだ。
窓の外では冷たい空から雪が降ってきているのが見えた。
寒い一日の終わり。
雪が降っている。
そんな夜には、暖かくいっしょにすごそう。
笑い合ってふたりは互いに寄り添いながら、隣の部屋へと入っていった。
作品名:【Alwaysシリーズ 1 】 Always 作家名:sabure