Walk Together, Again. (戦国BSR)
ワシはな、三成。太閤が憎かったわけではない。殺したかったわけではない。ただ怖かっただけなんだ。
半兵衛殿が死んでから、秀吉公は目に見えておかしくなったような気がした。天下を統一したというのに、日ノ本ではなく世界に目を向けていた。まるで世界すら統一するというように。
だけどな、三成、そんなことは出来ない。出来ないんだよ。……はは、そんな怖い顔をしないでくれ。おまえの視線だけでワシは死んでしまいそうだ。
世界を統一する者がもしいるなら、秀吉公が生まれるずっと前に世界は統一されていたよ。だが未だに統一されていないのは、誰にもそんなことが出来ないからだ。
ワシは秀吉公に言った。そんなことは無駄だと。
……ワシは軍師になんて絶対になれないな。翻意を促したところで、秀吉公は聞く耳すら持ってくれなかった。あるいは、半兵衛殿が存命で、彼が秀吉公に言ってくれたなら歩みを止めてくれたかもしれなかったが。
ワシが秀吉公を討とうと思ったのは、それからだ。
ワシは豊臣が怖かった。彼が創っていく世界も怖かった。言葉でどうとも出来なかったから拳を使うことを選んだ。……後悔はしていない。
秀吉公は、強かった。さすがこの国を治めただけあった。だけどワシにも負けられない理由があったからな。必死で戦ったよ。
三成。先ほどワシは後悔していないと言った。しかし、唯一ワシが後悔するなら、おまえに何も言わなかったことだと思う。数多くいる豊臣軍の者の中で、ワシはおまえにだけ心を開けた。仕方のない話だが、ワシの周りの者たちは「徳川家康」としてよりも、三河の国主としてワシに接する。だがおまえだけはそうじゃなかった。おまえは、ただ面倒だったからなどと言うかもしれない。だけど、ワシにとってそれは何よりも嬉しいことだった。何よりも特別なことだったよ。
だけどおまえはワシが特別に思ったのと同じくらいに秀吉公を敬愛していた。だから言えなかった──というのは、きっと後付けの理由だ。
おまえに反対されたくなかったんだろう、と今になって思う。
すでにワシは秀吉公を討つことを決めていた。そのためにどう動くかということまで詳細に。計画の九割以上を決めておいたのに、もしそこでおまえに「やめろ」とひとこと言われていたら、ワシは計画のすべてを白紙に戻しただろう。おまえが「そんなこと成功するはずない」と言ったなら、失敗すると信じきっていただろう。
それだけ、特別なんだ。おまえが。おまえの一挙一動が。おまえの心が、身体が、命が。──すべてが。
ワシはな、三成。おまえをこの手で殺してしまったと思ったとき、悔しくて悲しくて泣いたよ。どうしてワシは国主なのか、どうして東軍の大将なのか、どうしておまえを殺さなくてはならなかったのか、とな。
国などいらない。おまえがいればそれだけで良い。
それが、ワシ個人の、「徳川家康」個人の思いだった。
だけどそんなことは誰にも、忠勝にさえ言えん。国主であるというのはそういうことだ。きっと、秀吉公もそんな思いを抱えたことがあったのだろうな。聞いておけばよかった。同じようにひとを統べる者として。
悲しくて悔しくて仕方がなかった。だけど同時におまえを殺せたのがワシで良かったとも思った。名も知らぬ者に殺されるくらいなら、ワシがおまえを殺し、感触も痛みもすべてを覚えながら、その罪を背負って生きていこうと決めた。悲しくて悔しい中、そうやって生きていこうと決めたんだ。泣くのはこれで最後だと思いながら。