二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

レイニーデイズ

INDEX|2ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

そうして、いなくなった日曜日


目を開けてみれば、あたりには雨ばかりが降っていた。一番に目に飛び込んできたのは切り取られた分厚い雲ばかりの空、それから雨、水、なんだ、ここは、と思ってからここは路地裏だと思いだした。吐き気のする腐敗臭がこもるように流れて、排水溝を目指す雨水と混ざって俺のコートをぬらしている、コートとはいえ、夏物であるから生地は薄く、しみ込んだ水が服をぬらして重たかった。どれほどここにいたのか記憶はなく、座り込んだ状態のまま起き上がろうとするとわき腹とこめかみから脳天へと響く鋭い痛みがあった。思わずそこを抑えるとぬるりと指が滑る。出血している、と思うと少しだけ背筋が冷えた。ぐらぐらとおぼつかない足でどうにか雨水を踏んで起き上がり、濡れた壁にもたれかかる。とりあえず、人のいるところにと思ってふらつく足を叱咤して歩き出した。
雨脚が強いわけではないが、静かに降り続けるそれには体力を吸いとられる。こめかみから伝う生温かい血を右手でぬぐいながら荒い息を吐き、どうにか大通りらしきところへたどりついた。
ここはどこだ、と、鮮明にならない意識の中で思う。行き交う人には当然のように見覚えはない。さまざまな傘のせいで顔は隠れて、これなら知り合いとすれ違っても怪しいと自嘲した。雨は一向にやむ気配も見せず、暫くぐらぐらと群衆に交じって歩いたが疲れ果てて、大道理のすぐそばの、奥まった道の中で腰を下ろした。
はあ、と漏らすように吐いた息が熱い。雨は冷たいのに体はひどく火照っている。熱でもあるのかもしれないと俺は思った。そのせいか、思考回路がうまく機能しない。
人の流れは鼻先をかすめていくのに助けを求める気にもなれなかった。ひどく億劫で、ぼんやりとその流れを目で追っていると、視界の端に見慣れた、いや、見覚えのある金髪を見つけた。それが何なのか俺はさっぱりわからなかったが、それでも何かしらひかれるものを感じて立ち上がる。あれだ、とどこか胸の内の深く暗い部分が歓喜の声を上げるように震えていた。俺は全くその正体を知らなかったが、どういうわけか目を離すことができなかった。こんな雨の中、金髪の男は傘もささず、何かを探すようにあたりを苛々と見回している、けれども俺には気づかない。ここだ、と声をあげてしまいたくなるのと気づかれるわけにはいかないと、どこか切羽詰まったような感情が胸の内でひしめき合っている。
(だから、何だっていうんだ)
全く理解できない感情を伝える自分にいらいらしながら、雨でべたつく壁に背を預けた。男がこちらへ近づいてくる。スラックスの裾に雨水をはねさせながら、歯ぎしりでも始めそうなほど眉間に縦皺を刻んで、誰かを探している。俺はひたりと息をひそめながら男を観察した。濡れたバーテン服に、雨のせいでしなり垂れた金髪、見た眼よりも白い首が、襟首から生えている。行く、行ってしまう、と俺は思った。どうしてそんなことを思うのか、俺はさっぱりわからなかったが、そうさせる何かがこの男にあるのだということだけは分かっていた。
何かを忘れているような気がする。それは不確かで鮮明でもなく、ひどく感覚的なもので、同時に俺を不安にさせた。その不安をぬぐい去るように俺は一歩を踏み出した、そして不思議とその手を掴んでいた、あるいは縋るようであったのかもしれない。
掴まれたほうの人間である男は急なことに とても驚いたような顔をした、ああ、やってしまったとおもったのはその随分呆けた両眼を見た後で、手を離してから、気づくのが遅すぎたと理解した。薄暗い路地には今もまた雨が降り、したたる水滴を乱暴にぬぐい俺は男の相貌を見る。前にもこういうことがあった、と俺は考える。考えるが言葉は出てこなかったし、結局思い出すことはできなかった。青筋を立てた男の顔がゆがむのを見て、俺は慌てたように口を開く。

「君、誰」

俺の言葉に、一瞬呆けた顔した男の眉がひくりと跳ねた。見る見るうちに表情が剣呑なものになり、固く作られる右の握りこぶしを見て殴られるなと思った。思ったからよけようと考えて、体をずらす前に男のこぶしが空を切った。鼻先をかすめる空気がチリリといたい。それからかすっただけのはずの頬が痛むのに、ひどく不可解な恐怖を覚えた。こいつは危ないと、本能が告げている。告げているが、どういうわけか足が動こうとしなかった。何かを確かめるように、視線を外すことができない。どうしたんだ、どうしたんだ、混乱する思考をどうにか落ち着かせようと頭の中で言葉がぐるぐるしているときに、青筋を立てたままの男がこちらを向いた。

「冗談にしちゃぁ笑えねぇなぁ、臨也くんよぉ」

地を這うような低い声が背筋を震わせるが、狂喜のような変な感情がのど元にせり上がるがるのを感じて俺はさらに混乱した。逃げ腰になる俺に苛立ってか、男の腕が俺の首もとを信じられない力でねじりあげた、苦しい、息ができない、俺はもがくようにして男の手をひっかくが、男は意に介さないように小さく笑い、それこそ悪魔も逃げ出すような恐ろしい笑い方で、俺を軽々と路地の奥へと放り投げた。
かはっと息を吐く。打ちつけられた背中がきしみ、俺はぜいぜいと荒く息を吐きながら男をみた。どこかほっそりとした相貌に反した凶暴な笑みが顔に広がっている。知っている、と確かに俺は思うが、それは何一つ裏付ける物の無いただの確信だった。茫然と何かを確かめるようにして男を見上げていると、今度は男は俺の前に屈んでもう一度同じ内容の問いをした。

「臨也ぁ、いったいどういうつもりかって聞いてんだよ、」

知っている気はするが、思い出せない。この男はいったい誰だ。ぐらぐらとする頭を抱えて舌打ちを返したところで俺ははたと気がついた。なんで俺はこの男を知らないんだ。確かに知っているはずなのに。あれ、と思ってから俺は息をのんだ。この男が言った臨也とはいったい誰だ、俺じゃない、どうして俺じゃない?
俺はいったい誰だ?
あれ、と、不穏な態度を示し始めた俺を男は怪訝そうに見下ろした、随分上背が高かったんだと今さら気がついた。ぽたぽたと雨が滴り落ちる、俺は言いようのない頭痛を抱えて、こめかみを押さえた。君は誰だ。俺の髪からも水滴が滴っていた。男は探るような視線でこちらを見ている。

「君は俺を知ってる…?」
「は?」
「俺は、誰だ?」
「……臨也?」

切るような空気が、湿気を吸ってひどく重たかった。重たく冷えた風が雨粒を載せて弱弱しく吹いている。路地のこんな場所にさえ腐った腐敗臭も流しきるように雨はやまない。
俺は背をぴたりと壁に寄せて、体中の痛みをこらえるように体を縮めた、ここはどこだ、俺は誰だ、そう思うと一気に体から力が抜けて、どうしようもなく途方の無い何かに直面してしまった時のような気分になった。細く息を吐くとにわかに震えて、俺はそんな俺を呆然と見る男を見上げた。困惑したような琥珀色の瞳が不安げに揺れている。きっと俺もそんな顔をしている、ゆがんだ瞳の中に、そんな俺が映っている。

「君は俺を知っているの、」
作品名:レイニーデイズ 作家名:poco