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私は君がいつか誰かに騙されそうで怖いよ

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 まず仕事終わり、いつものように図ったかのようなぴったりの時間に臨也から連絡があった。

「久しぶりに来神の三人で会おうよ」

 電話越しの彼はやけに機嫌よくいった。

「三人、ね。俺を入れて。もちろんシズちゃんはナシで!」

 その日は特に予定はなかったし懐も比較的暖かかったので、門田は指定された店に出向き他の二人と落ち合った。臨也は珍しく高いテンションで門田を迎え入れ、対して新羅は項垂れて、同棲している恋人が誰かさんのせいでしばらく帰ってこないのだと横にいる男にどす黒い何かを放ちながら語った。
 それから門田は、噛み合っているようで噛み合っていない臨也と新羅の会話に適当に相槌を入れながらも暫くちびちびと飲んでいたのだが、それだけでも時間が経つのは早い。臨也が「そろそろ失礼するよ」と立ち上がった頃にはもう空はとっぷり暮れていた。
そして彼が今日は自分の奢りだと一方的に宣言し、渋る門田を制しながら「驚天動地だ」などと失礼なことをいいながらも全く遠慮しない新羅に万札を握らせ、ぱちりと一つウインクをした。
 己も彼も人に借りを作るのが嫌いな人種だ。今度何かで返すと門田がいうと、臨也はゆるりと頬を緩ませ、「じゃあさぁ」と言った。

「ちょっとこれから俺のこと、池袋駅まで護衛してくれる? ドタチン」

 それから「どうせこの後も暇だから飲もうよ」と新羅に誘われ、じゃあ臨也を送った後に店を変えて飲み直すかということになり、三人でぶらぶらと池袋駅まで歩いた。しかし、新羅は灰色の街によく映える真っ白な白衣で好奇の視線を浴び、臨也は「知る人ぞ知る」情報屋で、しかも何も知らない人間から見れば眉目秀麗の好青年である。そして門田もまた、自分では大して目立ってはいないと思いこんでいたものの何分臨也と同じく「知る人ぞ知る」人間であり、両側から酔っぱらい二人に腕を絡められぶらさがるようにされ、諦観の念を顔いっぱいに浮かべて道行く人から遠巻きに同情の視線を送られていた。
 お前らせめて俺じゃなくて静雄にしろ。重いんだよ。なんて文句もいえず、自分を挟んで未だ噛み合わない会話でキャッキャとはしゃぐ二人を半ばひきずるように歩く。
そして池袋駅が見えてきて、門田が荷が半分降りるとほっとしていると、急に臨也が「ストップ!」と声をかけた。

「すとぉっぷ! ドタチンすとーっぷ! ……止まれ、止まれよドタチン。止まってよォオオ!」
「あっはっは! さっすがえいえんのちゅーにびょーかんじゃ! 心の底からうっとーしーよ臨也! 是非! 解剖させて下さいッ!」

 新羅の言葉に心の中で前半だけ同意し、門田は静かに立ち止まる。というかこいつらさっきより酔ってないか気のせいか。
 もはやつっこみの言葉も出ない門田に臨也は「待ってて!」と腕をはなして通り過ぎていたコンビニエンスストアに右に左に揺れながら歩いて行き、門田がそういや今までこいつが酔っぱらったところを直接見たことはないがアレから察するに酷いらしい、と数年前高校卒業後に起きた事件とも言えない出来事を考えつつ彼の右腕でぶらりぶらりと遊ぶ新羅からあえて意識を逸らしていると、「おまたせー」と間延びした声がコンビニの入口から聞こえた。

「またせてごめーん」
「臨也何それ! エクスカリパー? エクスカリパーかい?」
「それをいうならエクスカリバーだろ」

 自分のいつもの連れのような言葉を発する新羅につっこみ、門田は臨也が手からぶらさげているモノを眺め、そのまま彼のにやけ面を見た。

「……」
「……いや、さすがに無言は俺も辛いからやめてよ。はっ! まさか放置プレイがお好みなのドタチン!」
「そうか臨也はMだったのかーなぁるほどーそれで長年の君と静雄のおいかけっこも理解できるよあっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
「優しいふりして意外と冷徹! 何それギャップ萌えのつもり? くっ、俺がそんな見え透いた手口に騙されると思わないでよね!」
「知ってるかい臨也、りあるつんでれって嫌われるんだよ! なるほどぉー、それで君は友達少ないんだね! あぁ長年の疑問が今夜は二つも解き明かされたよ! すごい!」
「お前らもう黙れ」
「むぐっ」
「ふぐっ」

 とりあえず絡まれている腕で二人の首をしめて一瞬黙らせ、門田は呆れたように大きくため息を吐くと、気力を振り絞って二人を引きずりながら池袋駅に再び歩き始めた。

「ぷはっ……ねぇドタチン怒ってんの?」
「怒ってない、呆れてんだ」
「うわぁ、臨也、キミ門田君にまで見捨てられたら周りだーれもいなくなっちゃうじゃないか!」
「何いってんの? 俺は人らぁぶ! だし。かんけーないし。それに新羅なんて元々誰も周りに人いないじゃん」
「はっはっは残念だったね、私は女神で天使な恋人が傍にいればそれで十分なんだよあぁもう僕の愛しの君はなんであんなにも可憐なんだろう!」
「今度は朝まで失神したいか?」
「ごめん!」
「なさい!」

 素晴らしいコンビネーションで高らかに謝罪する二人に答えず、周囲の憐憫の視線を一身に受けて門田はただひたすら目前に見える池袋駅だけを考えて足を動かした。

「……ドタチン……それにねぇ、新羅、聞いてよ、今度はちゃんと、真面目な話だからさ」
ちらと門田はうつむいた臨也の顔を見、そして前を向いて「なんだ」と静かに続きを促した。
「さっき俺が買ったの、あげるから」
「いやいらねぇよ」
「そうだね、今僕たちがそれ必要とする理由が皆目見当もつかないよ」
「あぁ、『今』はいらないかもしれない。でもね、二人とも」

 ぐりん、と首を門田の方に向けて臨也は妖しげに笑う。

「おれの天気予報、来神のときからよーっくあたってたでしょう?」

 先程まで正体不明に酔っていたのが嘘のように敏捷に門田の拘束から抜け出すと、臨也は「だから、はい」と自分を抱えていた門田の腕にコンビニのシールがついた真新しいビニル傘三本を押し付けた。
「雨がもうすぐ、降っってきちゃうからさ」

「ね?」と臨也は有無を言わさぬ笑みでぐいと最後の一押しとばかりにビニル傘を門田に向かって押すと「あとね、今からまた飲むんだよね? 丁度俺さぁいいお店の割引券を持っていてね、でも今日までなんだけれど俺使えないし、使っといて?」と早口に言って新羅の手に丁寧に畳まれた紙切れを握らせると「じゃあ、」と一言いうとくるりと背を向けて池袋駅に歩き出そうとした。

「臨也、まって」

小さいけれど確かな声がそのフードを掴んだ。

「雨が降るから傘がいるっていうのはわかったけれど、じゃあさぁ、これ、なんで三本なんだい?」

 足を止めて、苦々しげに振り返った臨也は口の端だけ吊り上げて相変わらず門田に抱えられている新羅に答える。

「それはね、俺もだけれど君たち、特に新羅なんてすっごく酔ってるじゃないか。傘をお店に行くまでに落としたり、誰かに盗られたり、忘れたりしても気づかないかもしれないだろ。だから予備だよ」
「お前、予備ってなぁ……池袋で降るならお前が家に帰る間にも一雨来るかもしれねぇじゃねぇか。岸谷が落とすかもしれないっていうなら俺のやるから、そっちがもっとけよ」
「ダメだよ」