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7/18 新刊 pressure game(虎兎)

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今も少し遠くで見えにくかったが、デモが再開されているのがここからでもわかる。虎徹のしでかしたことで余計に拍車がかかったのだろう。
虎徹はわかった上で、それを見たくないのかもしれない。
「…今回はまあ、ちょっとやりすぎたのかもな」
不意に虎徹が呟く。その声は空に溶けるほど小さい。
遠くから叫んでいるだろうデモの声は届きはしなかったが、二人には十分すぎるほどそれは胸を貫く。
柄にもなく、どうやら虎徹も後悔しているのかもしれないとバーナビーは思った。戦ってる時はあれほど勇敢に見えた背中が、酷く寂しそうに映る。
この男のそんな姿は見たくないと思う自分も同罪なのかもしれない。
「ほんの少しでいいんです。あなたが守ろうとしたことは、わかってますから」
「ああ、うん。お前がそれ、わかってくれっから、俺はお前のパートナーでいられるよ」
「そんなこと言って、僕を懐柔するつもりですか?」
「かいじゅう?なんで今、怪獣の話が出てくるんだ?」
「僕はキングギドラの話なんてしてません」
「ゴジラって素直に言わないとこがなんともマニアックかつ、素直じゃないお前っぽくていいな」
虎徹は風に吹かれながら軽く笑って言った。互いにこの嫌なムードから逃れたい故の脱線したやりとりに、バーナビーも珍しく乗っかった。
「それ、全然誉めてませんよね」
「誉めてはいないけど、なんつーか可愛いなって」
「やっぱり懐柔しようとしてる」
「なんかわかんねぇけど、してねぇよ」
本当にわかってないのか、はぐらかしているのか。
バーナビーは虎徹の背中を見つめたが、それだけじゃ真意の程はわからない。すると、それを見計らったかのように虎徹は笑いながら身体を倒し、見下ろしていたバーナビーと逆さ向きに視線を合わせる。
「なあ、お前この後ヒマなの?」
「ヒマとは?」
「仕事入ってんのかって聞いてんだよ。まったく俺たちパートナーのはずなのに、お前の働きぶりは何なんだよ」
「人気者なんです。ギャラは折半しませんよ」
「折半はいいから、さ」
言葉は不自然に途切れる。何だろうと思えば、バーナビーを見ていた虎徹の視線がわずかに変わる。
「なぐさめろよ。可哀想な俺を」
その誘いの意味を知り、バーナビーは戸惑い、そして少し苛立った。
パートナーという呼び方が二人の間にあるせいだったのか、まだその関係をはっきりと言葉にしたことはない。けれど二人は酒の勢いでキスし、その数日後、酒の力を借りることなくセックスする関係になっていた。
最初のキスは、多分お互いに酔っていた上でのアクシデントという意味合いが大きかったと思う。酔っていたせいもあって記憶は定かではないが、何らかの虎徹の挑発にバーナビーが乗ってキスをしたのだ。その後、バーナビーの両親に関するトラウマやウロボロスを追いつつけていた際の精神的なダメージが極限まで達し、一番近い存在となっていた虎徹に縋った。
その結果の、夜だった。
それでも好意もない相手、しかも同性とセックス出来るほどバーナビーは身軽な性関係を持つわけではないので、この口うるさいお節介焼きの男が自分でも気に入っているのだろうと推測する。けれど全ては混沌や激情の中の出来事だ。後になっていくらでもそれらしい、自分を納得させる言葉を捜しただけなのかもしれない。
しかしその二人の関係は、今もまだ終わらせるきっかけも掴めないままずるずると続いていた。
愛してるとまではいかなくても虎徹は何度か行為の最中に好きだと口にしてきたが、それもセックスをする上でのマナーじゃないかとバーナビーは思っている。
遊びで抱いたなんて間違っても口にするような男じゃないのはわかっているが、逆にこういう関係に至ってしまった責任を感じているだけじゃないだろうか。
じゃあ自分はどうかと問われれば、これもまた難しい。
最初の夜以降どちらともなく関係は続いているので、虎徹だけの責任にするつもりはもちろんない。けど、ウロボロスとの戦いも一段落つき、両親の仇である男と決着もつけ、もはやこの世にいないとなれば、最初の夜のように衝動的に虎徹を求めるような理由はもう残されていないように思えた。
ただ一つ。
バーナビーにもはっきりとわかる虎徹への感情がある。失った奥さんの忘れ形見なのか、左手にはめられた結婚指輪に対する嫉妬だ。
だが同時に、それが虎徹の指にはめられている以上、自分も愛だの恋だのと真剣に考えるのを止めようと決めていたし、余計な嫉妬を表に出す前にこの関係を断ち切るべきだと思い始めていた。
そんなことをつらつらと考え、なぐさめろよという虎徹の誘いに熟考を重ねた結果、答えは一つしか浮かばない。
「遠慮しますよ」
「なんだよ。何か仕事でもあんのか?」
その問いかけにイエスと応えれば済む話だったのに、バーナビーはまったく違った言葉を吐き出していた。
「そういう役割は僕じゃないでしょう。久々に娘さんに会いに行って、なぐさめてもらってください」
嫌味と捉えられるほどの口調ではなかったが、バーナビーにとっては間違いなくその感情が込められていた。虎徹にとっての最愛が娘であることは当たり前で、そんな嫉妬をするつもりはなかったというのに、これは相当良くないところまできている。終わりは近いと思わせる要因だ。
「今回の報告書は僕が上手くやっておきますから、スーツを脱いでシャワーを浴びたら、帰ってください」
「…さっきのこと怒ってんのか?」
その問いかけはある意味では当たっている。けど、虎徹が犯人逮捕に赴いて器物破損をするくらいバーナビーにとっても今更だ。パートナーを見くびらないで欲しい。
的外れなことに多少安堵もしたが、同時にまた余計な感情がふつふつとわきあがりそうになった。
「あなたが無茶な行動をするなんて今更でしょう。けど、反省はしてください」
「はいはい。じゃ、そろそろ引き上げるか」
虎徹は立ち上がり、今度は視線を反らすことなくじっと下の街並みを眺めた。その様子にバーナビーは思わず声をかける。
「どうしました?」
「いや、確かに最近よく見るよな」
それがネクスト反対派のデモの事だとわかり、バーナビーは頷く。
「ええ。人数もなんだか以前より増えているように思います」
一度もきちんと区切りをつけたことのない問題だったとはいえ、テレビでデモを放送するなんてここ何年かは見ることはなかった。
蒸し暑く、水蒸気を含んだねっとりとした重たい風が包み、なんだか不穏な空気が二人を包みこむ。それでももう何か言葉を重ねられず、二人はその場を後にした。







勝負の場についた虎徹は一見いつもと変わらなかった。いつものお調子者ぶりを発揮し、見知らぬ人と何気ない会話をしながらで、バーナビーはこれは駄目だと期待しなかった。だが時間がたつにつれ、その実力がわかってきたのだ。
決していい手ばかりが回ってくるわけじゃない。そういう時の虎徹はすぐにフォールド、勝負から降りた。だが勝負出来る時は押し、だけどそれを周りに悟られることなくチップを賭けさせ、勝ちを拾う。そうやって気がつけば手持ちのチップを増やし、相手は減らされる一方。そうこうしているうちに、ブラフをまで使い始め相手のチップを空にさせた。