赤いマントと青い鳥
始まりは憂鬱だった
桜が咲き乱れる季節に、新しい生活は始まった。新入生のきらきらと輝く瞳も期待に満ち溢れた会話も無い、転入生としてのスタートは、少し寂しくて心細くて、でもそんな弱音を吐けるほど、余裕もなくて。
ともだち、できるだろうか。
サッカーで結果を出さなければ妹と一緒に暮らせない。引き取って育ててくれる父と総帥の期待に応えなければならない。早く鬼道の名に相応しい人間にならなければならない。勉強も誰にも負けてはいけない。人の上に立たなければならない。間違ってはいけない。立ち止まってもいけない。重圧はいくらもあって、押しつぶされそうで、友達だなんて考えている暇なんて自分には無いのだろうけれど、と考えて、少しだけ溜息を堪えた。そんなじんせいたのしくないだろうな。楽しい人生なんて、もう望んでもいないのに、人は傲慢で欲張りだから、それでも、どうしても、一人ぼっちで年を重ねてはいきたくない。それにサッカーをやるのだから、仲間は絶対に必要なのだ。それが与えられた相手ではなく、互いに認め合って好きで居られるような、そんな人たちだったらどんなに良いだろうと思って。考えて、切なくなっては、自分を戒める。
今日から一瞬たりとも、自分が鬼道家の人間であるという自覚をなくしてはならない。高く聳えるハードルを、それでも越えていかなければならない。どんな言い訳を重ねたところで失敗は許されない。自分は、鬼道有人なのだから。
「おい、あれ鬼道有人だぜ」
「きどう?」
「知らねえのかよ、でけえ会社の跡取りで、サッカー上手くて天才なんだってさ」
大きいのはお前の声だろう、と悪態をつきかけて黙って通り過ぎる。噂をされる身だということは重々承知だ。客観的事実とサッカーで評価されている分にはまだ良い。
「あいつ、頭もすげえ良いんだってさ」
「編入試験受かったんだもんなぁ」
きた、と思った。冷や汗を感じながら、黙って歩幅を広げる。またハードルを上げられてしまった。なまじ優秀な生徒の多い学校というのはこれだから居心地が悪い。奴等は自分達ができることを、それ以上他人に求めるのだ。
正直勉強はまだ自信がない。編入試験に受かったからって、それまでずっと英才教育を受けてきたような帝国の生徒に敵うほどじゃない。客観的に言えば、だ。そんなことも言っていられないのだ。自分は頂点に立たなければ許されない身分なのだから。
それにしても編入試験だなんて難しい言葉、そんなにあっさりと使うんだなと思ってまた、気が重くなった。編入、なんて漢字、まだ書ける年齢ではないはずなのだけれど。
案の定、友達なんて簡単には出来なかった。ただでさえ離れしていない元一般家庭育ちの子供が突然私立の有名校に放り入れられて動揺しているのに、周囲が鬼道の名前に警戒して近寄っても来ないのだ。当然といえば、当然の話だが。
二ヶ月三ヶ月先も、自分は一人なんだろうか。それではいつになったらサッカー出来るのだろう。黙っていてもそのうち総帥が適当に、いや、願っても無いような恵まれた、環境を用意してくれると思うけれど、それは俺が望むものではない。楽しいサッカーを、したいという思いだけは、どんなになっても、消したくなかった。