赤いマントと青い鳥
試練は尽きないと思った
「おい、お前」
三週間ほど経った頃、突然斜め前の席の生徒が、それはもう、とびきりの上から目線を引っさげて話しかけてきた。しかし言うほど高圧的ではない。偉そうだけれど、そうではないニュアンスもあるような、そんな命令口調だった。
「な、なにかようか」
「用もないのに話しかけねえよ」
前言撤回。第一印象は最悪に近い。見上げた視界いっぱいに広がるような、きれいな薄い青。そう思わせる強烈な存在感がある、きれいな男の子だ。口は悪いけれど、見た目はまるで、絵本に出てきそうな現実味のない空気を纏って、堂々としていて。
「なら、はやくようけんをいえ」
強がっていても、口の中がからからだった。はっきり言って話し方はたどたどしいし、目の前の自信に満ちたような目をしている少年に、敵う要素がない気がしていた。それが余計口下手にさせる。
「お前、サッカー出来るんだろ」
「それがどうした」
「じゃあ、ちょっと体育館裏に来い」
きた、きた、きた、と、思った。これが世に言うイジメというやつなのだ。真っ青になりそうな自分を鼓舞して見据えると、片目を眼帯で覆ったその生徒は、物珍しそうな視線を返してくる。ばかにされている。
「わかった」
「じゃ、後で」
それだけ告げるとあっさり踵を返して、こちらを振り返りもせずに立ち去ってしまう。まただ。敵わない気がして足がすくんだ。彼に敵わないと思うのではなく、この学校、新しい環境、それらを構成するすべての人、自分の不安、それらに押しつぶされそうなのだ。
こんな思いを、妹も、しているのだろうか。泣いていないだろうか。心細くて、一人で、こわがっていないだろうか。それを背負った自分は、こんなところで怯えている場合ではないのだ。早く、一刻も早く、たった二人の家族、一緒に暮らせるように。
立ち上がった足は、もう震えてはいなかった。体育館裏。少しベタ過ぎて、緊張をにが笑いが上塗りした。