逃避行しましょうか【メフィ燐】
「久しぶりですねぇ、燐?」
「グルルゥッ」
学園から連れ去られた末弟。唯一アッシャーで偉大なる魔神の炎を持つ憐れな落胤。
最早獣だ、とメフィストは思った。
首には対悪魔除けがされた首輪を、手足には同じ処理がされた重りをつけられ、
それでも暴れていたのだろう。無惨にも流血し、そこが腐り始めている。
腐臭と鉄さびの香りに、メフィストは眉を寄せた。
「奥村燐は公開処刑にする、とのローマ法王よりのお達しだ。それまでに静かにさせておけ」
男は燐を、汚物を見るかのように視線をきつくすると「穢らわしい」と言い残し牢屋から出て行った。
メフィストはその言葉を聞きながら、憐れですね、と囁く。
(連れて行ったのはそちら。弄んだのもそちら)
その結果、こうなってしまったのはお前達の責任だろう。
メフィストは奥歯を噛みしめると、ふっと燐に向けて苦笑を漏らした。
「1人でこんな暗い牢屋に閉じこめておくなんて・・・なんて酷い集団なんでしょうねぇ?」
そう言うと、いつものように数字を唱え指を鳴らす。
すると、煙が巻き起こり一気にメフィストは燐がいる牢屋の中へと姿を表した。
「燐・・・」
「ガルルルルッ!!!」
手を差しのばしたメフィストを威嚇するかのように、燐は牙を見せ青い炎をまき散らす。
青い火の粉がメフィストの服に穴を開けていくが、彼は全く気にした様子を見せない。
「怯えているのでしょう?お前はただ、怯えているだけだ・・・」
メフィストは甘く囁くように告げながら、燐へと手を伸ばす。
燐は口から原始的なうなり声を上げながら、一歩一歩後ろへと下がっていった。
その分、メフィストが距離を縮めていく。
とうとう、燐は壁際に追いつめられメフィストを怒りと怯えが滲む瞳で睨み付けた。
メフィストはそんな燐の目の前で片膝を付く。
突然、メフィストが同じ視線になったことに燐は身体をびくっと震わせた。
「アインス、ツヴァイ、ドライ」
次の瞬間、燐の身体に存在した全ての拘束具が跡形もなく消えた。
燐が驚き怯んでいるその、瞬間。メフィストは燐の身体を抱きしめる。
「ガァ!?」
「おっと!おやおや大分君、痩せましたねぇ~」
力強い抵抗をされているにもかかわらず、メフィストは燐を抱きしめる腕の力を緩めない。
時折、長く伸びた燐の爪が頬を擦り腕や背中に傷を作っていく。
その時そんな暴れる燐の指に金に煌めく指輪を見つけた。
(まだ、つけていてくれたのですね・・・)
暴れられてもメフィストは燐から離れようと、燐を離そうとは思わなかった。
いつ抱いたのかさえうろ覚えになってしまったほど、久しぶりの抱擁。
あぁ、あのときの君は恥ずかしそうにそれでも大人しく私の腕の中にいてくれたのに。
学園にいた頃の燐の顔と、今目の前で暴れている悪魔の燐の顔がダブり、
メフィストに言葉に出来ない感情を与えてくる。
「全く・・・本当に、人間とは傲慢だ・・・」
(お前が守りたかった者達は・・・お前にとってただ残酷なことしか与えない)
メフィストは暴れる燐の頭を鷲掴み、無理矢理己の肩口にその頭を乗せた。
そして、人が聞いたことのない音で言葉らしきモノを紡ぎ出す。
その間も燐は暴れ、抵抗し、メフィストの肩に牙を立てた。
それでもメフィストは詠唱を辞めない。
(これは多分・・・肉ごと持って行かれましたかねぇ・・・)
ずきずきと痛む肩に冷や汗をかく。すると、いつの間にかメフィストと燐の上空に蒼い円陣が姿を現していた。
その円陣から光の粒子が2人に注がれ、粒子は燐とメフィストに触れるとフワッと空気に溶けて消えていく。
「さぁ、燐・・・。そろそろ起きたらどうですか?」
作品名:逃避行しましょうか【メフィ燐】 作家名:霜月(しー)