Grateful Days
Long time ago, @ Ueda high schhol
侘助は理一にある程度の距離を置くようになったが、といって、突っかかってくるとか無視するとかそういうことはしなかった。ただ、冷めた目で見ていた。それだけだ。
中学、高校と進むと侘助は上の空でいるようになった。元々学業に熱心と言うタイプではない。小さな頃から一貫して頭脳は明晰だったけれど、協調性に欠け、大なり小なりの問題を常に抱えていた。
理一はそれとなく声をかけたり気遣ったりもしたけれど、大体は冷笑で報いられるのが落ちだった。
「陣内」
理一は昔から一貫して教師受けはよかった。取り立てて媚を売るということはまずしなかったが、まず文句のつけようがないくらい品行方正だったからだ。つまり、要領がいいということである。
だから頼るような顔を見せて呼び止められるというのは日常茶飯事といってよく、なんですか、と微かな愛想を見せて爽やかに答えるのはもはや条件反射のようなものだった。
「少し相談したいんだが…、その、侘助のことで」
「――なんですか」
二回目のなんですかは声のトーンが下がってしまった。無意識に。だが、教師は気づかなかった。
「進路希望なんだが…」
「侘助ッ!」
一番後ろの席で机に足を乗せて誰かが持ってきたらしい雑誌を開いていた侘助の所に、理一は大股に歩み寄った。
侘助が不審げな顔でそれを見上げる。
「どういうことだよ、進路、おまえ、…外国ってなんだ」
理一が温厚な顔を崩すことは滅多にない。部活で試合に借り出されても、何の用事を言いつけられても、喧嘩を売られても、理香に顎で使われても、常にほとんど態度は変わらない。小さな頃から「陣内さんの…」と見られてきたことも影響しているのかもしれないが、恐らくは本人の性格だろう。
だがその理一がひどく怒っている。侘助は眉根を寄せたまま、黙って同い年の甥を見上げる。太くはないが、侘助と違ってしっかりと鍛えられた、背筋の伸びた体躯は、きっと侘助が何人束になっても敵わないくらい強いのだろう。
だが、だからといって守られてやる義理はない。
「おまえに関係ねーだろ」
侘助は椅子から立ち上がり、何も入っていない鞄を背負って理一の前から去ろうとする。
しかし、ここまで激怒している理一が離すはずもなかった。
「関係ないってなんだよ、関係あるだろ、なんでそんな、勝手な」
「……」
「大体ばあちゃんは知ってるのか? そんな、留学なんて、」
侘助の中で、唐突に何かがはじけた。無意識のうちに目の前の椅子を蹴飛ばして、鞄を放り投げ、怒鳴っていた理一の胸倉を掴んでいた。
「関係ねえっつってんだろ! ばあちゃん、ばあちゃんて、おまえはいくつのガキだよ!」
「侘助…」
侘助は何かに執着するということがなかった。あったのかもしれないが、少なくとも理一はそんな侘助を見た事がない。だからなのか、ここまで感情を露にするのも見たことがなく、だから一瞬呆気に取られてしまった。
「ばあちゃん、ばあちゃん、ばあちゃん! なんでもそうだ、おまえらは! てめえらでなんか考える頭がねえから、なんでもかんでもばばあに頼ってよ、俺のことおいとくのだってばばあが言ったからじゃねーか! くそっくらえってんだよ、そんな同情こっちから願い下げだっつんだ!」
侘助は怒鳴りながら泣いているように見えた。勿論涙など流してはいなかったが、理一はそう感じてしまった。
「…おまえらだって、せいせいするんじゃねえのかよ?」
吐き捨てて、鞄を拾いもせずに侘助は教室を出て行こうとする。
「そんなことはない」
だが、理一の固い声に、その足は止まった。理一は侘助の前に回りこむ。目をそらさず、瞬きもせず強く、低く言う。
「そんなわけないだろ! 家族なのに」
侘助は目を皿のように見開いて、それから、ぎりっと眇めると、拳を固めて殴りかかってきた。咄嗟のことだったので体勢はいくらか崩れてしまったが、インドア派の侘助に負ける理一ではなく、拳は避けた。だが条件反射だろう、組み手の流れのように、腕を掴んで投げてしまった。
…はっとした時には既に遅い。背中をしたたか打ちつけて、呻きながら床に丸まる侘助の姿があった。
その後押し問答の末理一は侘助を背負って帰り(相当打ち所がよくなかった)、卒業後は自分と東京へ進学すること、という約束を半ば強引に取り付けた。同じ学校なんて冗談じゃない、というのを、学校は別でもいいから、とにかく日本にいろ、と説き伏せて。背中を蹴飛ばしてきた侘助にめげなかった理一が競り勝ったというところである。
あんたたちってほんとバカ、とは、呆れ顔を隠しもしなかった姉の発言。
作品名:Grateful Days 作家名:スサ