Grateful Days
Between Friday and Saturday @ ??? & OZ
「あのー…ここは一体?」
連れてこられた、多分…マンション? のような空間に、佐久間は口元を引きつらせた。部屋数の多そうな、そして、割と高そうなマンションである。ついでに、結構おしゃれでもある。
「あ? うん、佳主馬の隠れ家? 緊急事態だから貸してもらったんだ」
理一さんの家ですか、と聞こうとした出鼻をくじかれた佐久間だったが、返ってきた答えにさらに絶句した。
…キング・カズマの中の人が中学生、と知っている今となってはとても複雑である。いや、大体不動産て未成年でも所有できるの? とかそういったどうでもいいところまで疑問が広がった。
とりあえず玄関でもたもたしていても不審だし、健二を背負った理一はどんどん中へ入っていってしまうしで、佐久間も中へと入っていく。靴を脱いで中へ入る時点で既に目が点になっていた。
壁から調度類からまるでモデルルームのようだ。
キングは…名前の通りセレブらしい。
「スポンサーが用意してくれたそうだよ。すごいよねえ、お金ってあるところにはあるもんだ」
「…本当ですね…」
落ち着いたブラウン系でまとめられた部屋には大きなソファーがあって、ひとまず理一はそこに健二を落ち着けた。カーテンの隙間からちらりと屋外を見て取る仕種は「本職」っぽく、おお、と一瞬佐久間は見入ってしまった。
「…とりあえず、不審なことはなし、と」
「すげえ…刑事ドラマみてえ…」
ぼそりと呟いたら、理一は目だけで佐久間を見て、小さく笑った。大人の男の余裕、のようなものが漂う表情に、佐久間はぱちぱちと瞬きをする。
健二の交友関係は本当に広がったものだ、と思った。
「自衛隊だけどね。――さて、そうだな、お茶でも飲もうか」
「あ、オレペットのお茶持ってます!」
がさがさと持ってきたコンビニ袋の中からお茶を取り出し佐久間が主張すれば、理一は笑って首を振った。
「おじさんはコーヒーが飲みたくてね。佐久間君はコーヒーは嫌いかな」
「いえ、…え?」
ぽかんと首を傾げれば、理一は勝手知ったる様子でキッチンに消えた。
「さっきインスタント、買っておいたんだ。君も飲まないか。健二君も、…目が覚めたら、淹れよう」
どうやら、自衛隊員は律儀にも佐久間にまでお茶を供してくれるらしい。
家族に外泊のことは伝わっているのか、というのを含むいくつかのことを確認しながら、理一は部屋に置かれていた佳主馬の(サブというか、部屋に備え付けの)パソコンを起動させ、佐久間にログインさせた。相変わらず健二は目を覚まさない。しかし呼吸や脈拍は正常で、みたところ大きな異常はない。眠っているだけのようにも見える。
…医者に見せるのが先決なのだろう。だが、なんといってみせる。そう考えながら、ふたりはコーヒーを啜る。佐久間にはOZにログインさせる傍ら、理一は理一でヘッドセットまでつけて何かを熱心に調べていた。彼は彼で、ゴーストや侘助に独自のアプローチを仕掛けているのだろう。
「キング」
呼びかければ窓が開いた。そこにはウサギがいる。多分世界で一番強くてかっこいいウサギだ。
「今キングの部屋についた。PC借りてる」
『健二さんは?』
今度は音声だけがきた。カメラはオフになっているようだ。
「まだ。…座標、違ってた?」
『わからない。…何か補正が入ってるのかもしれないし』
佳主馬は悔しそうだ。確かにさっきの様子だと、佐久間たちが移動している間に健二を探し出しかねない勢いだったから、プライドが傷ついたといったところだろうか?
「もういっかい、…ん?」
言いかけて佐久間は気づいた。携帯が鳴っている。いや、倍部にしていたから振動している。
こんな時にどうでもいいメールなど見ている場合ではないが、これがメールだと思ったら電話で、健二の家からなんてことになると厄介である。佐久間は携帯を開いて、…そして開いてよかった! と小躍りしかけた。
「メーデーだ! キング、健二だ!」
『!』
佳主馬が息を飲んだのが伝わってきた。
「っと、…あ、これキングのアドレスかな、両方に送られてる」
『えっ! ちょっ、…ほんとだ健二さんだ…っ』
興奮気味の声に、キングも見えなくても中学生なんだなあ…、と佐久間はちょっぴり和んだ。クールなヒーローも、時と場合によっては年相応ということだ。
「…うん、こっから逆に引っ張ろう! キング、補正アドレス送るんで、よろしく!」
『…うん!』
少年たちの遣り取りを見守っていた理一は、そこでやっと息をついた。そうして頭をかきあげる。まいったね、という顔で。この子達は本当に若いんだなあ、と…強いて言えば、そんなことを考えていた。
名人筆を選ばず、ではないが、佐久間は使い込んだパソコンであるかのようにキーボードを滑らかに叩く。あっちの窓が開き、こっちの窓が開きして、必要な情報が瞬時に整えられる。
バトンを受け取る佳主馬にしても無駄は一切ない。佐久間の指示を受ける頃には、最適の場所に自ら移動している。
いずれも才走った少年たちなのだろう。それがよくわかる。
「…」
だが、と未だ健やかな寝息を立てる健二をちらりと見て、理一は思う。だが、そのふたりを結びつけ、共に困難に立ち向かわせるこの少年こそ重要なのではないかと。今も、彼は助けられるのをただ待つのではなく、自分から行動を起こしている。それに引き込まれるようにして、佐久間も佳主馬も動いているのだ。
「…」
しかし。二人はどう思っているのかわからないが、少なくとも現時点で健二は眠っている。ように見える。それなのに健二からの連絡があったという。一体どういうことなんだろう。理一はオカルトは得意ではないし、また、今ここに展開しているのはそういうことではないようにも思った。
「虎穴にいらずんば、か…」
無茶苦茶に向かっていたとしか思えない、ゴーストとの接触。それが健二に何らかのヒントを与えた、というのが精神的に割と安心できる結論だ。
理一はやたらと大きなモニターを見守った。そこでは凛々しいウサギが目指す場所へ最速で駆けている。これがチェックメイトになるかどうかはまだわからない。
理一は少年たちを見守りながら、刻一刻と増えていく情報を頭の中で整理していた。
侘助は連絡が取れなくなる前、日本に来るようなことを言っていた。実際調べられるだけの彼の足取りを調べてみれば、日本に向かうチケットを予約していたのがわかった。何をしに来るつもりだったかは不明だが、確実に来るつもりだったということだ。
予定の飛行機は何のトラブルもなく発着している。事故に巻き込まれたというのは可能性として低そうだ。少なくとも一般的な交通事故であれば、今頃名前が明るみに出ているはずだ。だがそれがないとなると、巻き込まれていたとしても事故ではなく、何かもっと違う人為的な…、そういうものだということだろう。
作品名:Grateful Days 作家名:スサ