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Grateful Days

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 ポケットの携帯が震えたのを確かめ、ちょっと頼むよ、と佐久間に声をかけ理一は離れた。どうやら何か動きがあったようだ。彼が打った手のどこか先で。
 短く言葉をかわした理一が戻ってきた。表情からすると、うまくいったようだ。
「健二君、佐久間君、佳主馬。ここは頼む」
「理一さんはどこに?」
「…ちょっと、いえないかなあ。とりあえず侘助の救出、とだけ言っておくよ」
「えっ?」
 佐久間も驚いたが、モニタの中のリスも驚いたらしい。びょん、と跳ねていた。多分侘助も驚いていたのではないだろうか。
 上着を羽織ながら理一は簡潔に説明した。
「侘助を国外に出したくない連中にしても、実験を諦めきれない連中にしても、探られたくないのは確かだろうからね。そこをつついてもらったんだよ、ちょっとね、まあ、そういうのが得意な方々に」
 にっこり笑っての理一の台詞は抽象的だったが、つまり、腕力や何かでなく、もっと政治的な遣り取りを仕掛けてもらった、ということだろうか。
「侘助」
 部屋を出て行きしな、理一は言った。
「助けてやるから、ちゃんと待ってろよ」
『…けっ』
 侘助は毒づいていたが、それ以上の文句は言わなかった。

「佳主馬くん、ねえ、ちょっと待って、ゴーストは攻撃してもだめなんだ!」
 ぴょんぴょんと跳ねて訴えるが、ウサギは聞こえているのかいないのか、ゴーストとのバトルをやめようとしない。
「かずまくん! かずまくん!!!!!」
 小さな手をメガホンにする。だが声は届かない。
『攻撃してもだめって、どういうことだ?』
 しかしリスの訴えは、理一を見送った佐久間には届いたものらしい。よかった、とほっとしながら、しかし汗を飛ばしつつ健二は説明する。
「ゴーストの欲しがっているものをあげれば、ゴーストは満足するんだよ、…開発者がそういってたんだ」
『開発者って、』
「俺だよ」
 嫌そうに言った侘助に、ですよねー、と佐久間は口元を引きつらせる。佐久間も想像してしまったのだろう。ゴーストが「ママはどこ?」という言う姿を理一に置き換えて考えてしまったのではないか。健二も同じ事を無意識にして微妙な気持ちになった。だから佐久間の複雑な心境も理解できる。
『…ほしいものって、何なんですか?』
 ラブマシーンが欲したのは「知識」、知ることだった。ではゴーストが欲しているのは何か? 母親?
「………愛、とか?」
 背中を向けて、実に情けない様子で、小さな小さな声で侘助は口にした。
「だから、えーっと、殴っちゃだめなんだ、そうじゃなくて、その逆をしないといけないんだよ!」
 微妙になった場に焦った様子で、健二がつなぐ。あ、ああ…、そういうのあるよな、ゲームとかでも、回復魔法が攻撃になるやつとかな、と佐久間は無理やり自分を納得させた。
『じゃあ、こいつどうすればいいのさ!』
 佳主馬の声が割り込んだ。
『逆ってことは、なんだ、…抱きしめるとか?』
『――だきし…!』
 いやだ、というのがよくわかる声だった。ですよねえ、と佐久間は眼鏡を押さえる。既に時刻は真夜中で、ずっと休んでいない脳が妙にテンションを上げている。軽い酸欠に陥っているのかもしれない。
「ぼ、僕がやるから…!」 
 リスは転がるようにゴーストとキングが応酬を続けるなかへ出て行った。だが、その肩を別のアバターが掴み、後ろへ放り投げる勢いで突きころがす。
 その場にいたアバターは、ケンジ、キング・カズマ、ゴースト(これはアバターとしてカウントしていいか謎だが)、そして旧ケンジ、今は侘助となっているらしい、それ。 
 侘助が、健二の前に出ていた。
「俺が責任とらなきゃだろ」
 まともな発言に、一瞬、これがあのラブマシーン騒動の発端となった人物なんだろうかと全員が思った。
 思ったが、口に出すほど皆頭が回っていない。そして侘助は突っ込みを待ったりしなかった。ひゅっと前に飛び出ると、バックステップで離れたキングとゴーストの間に割り込んで、両腕を開き、ゴーストを抱き込んだ。

「――85188」

 呪文のようだった。侘助がその数字に込めた答えを追って、健二は「あ」と小さく呟いた。やはり、答えはそれだったのだと思った。
 正解を与えられたゴーストはぶわっと膨らんで、そして呆気なく弾けて消えた。
「…消え、た」
 呟けば、侘助が若干の間を置いて首を振った。
「根っこは消えてない。ただ…それはここを出てからだな。とりあえず――」
 侘助は手を上げて、不思議そうな様子を見せた。
 リスもまた、ぴん、と体を跳ねさせた後、不思議そうにきょろきょろしている。
『健二? 侘助さん?』
 二人の様子がおかしい、と思って声をかけた佐久間に、『佐久間さん』と佳主馬の緊張した声がかかる。
『キング?』
『僕、今ここから締め出された』
『え、』
 目を瞠る佐久間の前、モニタの中の世界には確かに変化が訪れていた。キングが見事な蹴りで突入した空間の座標が、奇妙にねじくれていたのだ。数値を見てもおかしなことになっている。

「健二…、…健二!」
 本体の方に何か変化は、と思い寝かされている健二を振り返って、佐久間は飛び上がらんばかりに驚いた。うう、と健二が眉間にしわを寄せている。ということは、…ということは?
「キング! 健二が戻る!」
『えっ…、健二さん!』
 カメラがオンになった。忙しいモニタだが、大画面すぎるのでそれでもまだ狭い感じがしない。キング・カズマのスポンサーって…、と佐久間は一瞬複雑な気持ちになった。一瞬だけ。
「…あ、れ…?」
 ぱち、と健二が目を開けた時、座標は消えた。
 そこは本当に何もない空間になってしまった。侘助の姿もない。キング・カズマだけが、すこし離れた場所に浮いている。それだけだ。佐久間は恐る恐る、健二の脇に膝をついた。
「…健二?」
 声をかければ、天井をぼんやり見上げていた瞳がこちらを向いた。それに、はあああ、と佐久間は肩で息を吐く。健二だ。
「佐久間」
 健二は膝をついて上半身を起こし、見慣れない部屋に眉をひそめた。
「なにここ。佐久間引っ越したの?」
「はっ? 違うよ、キングの部屋!」
「えっ、佳主馬君の?」
 健二はびっくりした様子で部屋中を見まわし、それから青くなる。
「なにここ、すごいお金持ちの家みたい…」
 佐久間は肩を落とした。いまひとつ、しまらない。彼は再び、ヒーローになったといえるのに。
『健二さん! お兄さん! 無事なの!』
 カメラ越しに声がする。健二は瞬きした後、やたらにでかいモニタを振り向きそしてまた絶句していた。
『けんじさん!』
 何度目かの必死な呼びかけで、健二ははっと我に返った。そして、あ、佳主馬君、とへらりと笑う。緊張感がない。佳主馬も安堵か拍子抜けしたのか、脱力したのがわかった。
 だが、これが小磯健二のデフォルトスタンダードというものだろう。うんうん、と佐久間は腕組みして何度か頷いた。
「後は…侘助さん、か」
 そしてさきほど出て行った理一のことを考える。
 ――まあ、彼なら抜かりはなさそうだ。
 時計を見れば既に深夜で、佐久間はばたりと床に寝転がった。
「佐久間?」
「…なんか、安心したら気が抜けた」
『僕も』
作品名:Grateful Days 作家名:スサ