Grateful Days
からあげくんは必須だよな! とかなんとかいいながら二人が帰ってくると、仕事の速いキングが早速会議場所のアドレスを送ってきてくれていた。佐久間は口笛を吹き、健二は「ありがとう」とメールを打っていた。いやまた会う時でいいんじゃね、女子か、と一瞬佐久間は思わないでもなかったが、何事にも淡白な印象の健二が育んだ感情や関係を佐久間はどちらかといえば喜んでいて、それはもちろんすこしの寂しさはあったけれど、それ以上にやはりうれしいことだったから、口をはさんで健二を頑なにさせてしまうようなことは避けた。
それより大事なことは、夜をしのぐためにお湯、つまり電気ポットを確保すること。そしてからあげくんは熱いうちに食すことである。そのための「ホットスナック」ですから! …眼鏡を直し、パソコンの様子を確認してから佐久間は健二を振り返る。
「とりあえずおやつ!」
「はいはい…」
健二は笑いながらからあげくんを袋から出す。二人分ある。それは勿論、健二だって高校生男子なので、いくら細くても食べる時は食べる。…それに、上田の夏を経て、それまではそうした生活に冠すること全般に対して面倒そうな気配があったのに、食事というものを大事にするようになった、佐久間はそう観察している。それはきっといいことだ。生きていくのに、それは大事なことだから。
「しっかし、小磯せんせー、すっかりヒーローじゃないですか」
からあげをつまみながらからかえば、健二は眉をひそめる。
「なにいってんの佐久間、それをいうなら佳主馬くんや夏希先輩じゃない」
心底からそう思っている顔に、はーあ、と佐久間はややわざとらしい溜息をついた。な、なんだよ、と健二は警戒したような様子でどもる。
「なんという、無欲なヒーロー!」
「だから違うってば…、それをいうなら佐久間だってすごかったじゃないか」
佐久間は瞬きして「へ?」と首をひねる。どうしてそうなる。しかし健二は譲らなかった。
「だって、佐久間がステージを組んだり調整したり…、佐久間がいなかったらできなかったこといっぱいあるじゃないか、アバターだってなんとかしてくれたし電話してくれたし!」
羅列を始めた健二を、どうどう、と佐久間は慣れた様子で抑える。嬉しいが、この友人はどうしてこうなのか。でもまあこれが小磯健二だ、となんとなくほっとしたりもする。
「…じゃ、ま、…みんなすごかった、ってことで」
「そうだよ」
うん、と力強く頷く健二に笑ってしまった。
「じゃあ、魔法使いでどうだよ」
「まだいうの…」
「うん、だって健二って考えてみたら戦士とか勇者じゃないもんな。HP低そう。どっちかつったら賢者とか魔法使い? ゲームで言うと」
賢者かあ、と健二はちょっと考えた。まあ確かに体力や腕力に自信はない。速さも固さも絶望的な気がしないこともない。
「そしたらあれだなー、健二は数学魔法使いだなっ」
「なにそれ、どんな魔法なんだよ」
ふきだしながら聞けば、真面目くさった顔で佐久間は説明してくれる。
「ん? だからさ、鉛筆ふると数字がわーって出てきて敵にヒットするとか、呪文が暗号とか!」
言われた映像を健二は想像してみた。…いまいち、すごいのかどうかよくわからない。
「強いの? それ」
「うーん…どうだろうな…。あ、あれだよ、出てきた数がそのままヒット数になるとかどうだ? ある意味最強」
どうだ、と目を輝かせた佐久間に、健二は屈託なく笑った。やっぱりそれ、あんまり強そうじゃないな、と。
「しかも、あのアバターじゃ鉛筆ふる時転んじゃいそう」
「むむ…たしかに」
ううむ、と顎を抑える佐久間の手に既にからあげはない。そこは、弱そうに見えても男子高校生ですから。
「でもさ、ほんと、そう思ったんだぜ」
「なにが?」
お茶を飲む健二は不思議そうだ。佐久間は手を拭きながら前を向く。健二を見ないで、続きを口にする。
「オレたちはまだ何か害を受けたわけじゃない。この前みたいに、おまえが巻き込まれたわけでもない。でも、健二は何かしたいって思っただろ」
「…でも、だって、ラブマシーンを思い出して、」
だから、ともごもご健二は反論したそうに何かを言うのだが、それははっきりとした形にはならない。
「それってヒーローの条件だって、オレは思うんだけど」
「え?」
「助けてほしい時に助けてくれるのがヒーローで、自分のためじゃなくて誰かのために動けるのもヒーローなんじゃない?」
「………」
パソコンの起動音が続く。健二は口を何度か開いたり閉じたりしてから、それなら、皆がきっとヒーローになれる、と囁くように呟いた。彼の脳裏には、あんたならできる、と背中を押してもらったあの夏の大事な思い出がよみがえっていた。
健二から連絡を受ける前、佐久間が健二にネットゴーストの噂を最初にした頃には、既に佳主馬はそれを認識していた。勿論警戒した。彼もまた、健二と似たような感慨を抱いていたからだ。
しかしそれでもすぐに行動に移したわけではない。下手に警戒している様子を見せて、行動を刺激してはつまらないと思ったからだ。佳主馬はあの戦いを経て再び、もしかしたらそれまでよりもさらに絶対的な形でチャンピオンとしてOZに名を轟かせていて、そのことを過不足なく、感情を交えない冷静な分析の許に彼は理解していた。だから、そんな自分が下手に動いている所を見せたらどんな風にOZに影響をもたらすか未知数――裏目に出たら害になる、そこまで読めていたのである。動くのならば疾風迅雷、闘うのならば絶対の勝利。相手もわからず突っ込んでいくのは、無謀というのだ。
そして健二から連絡を受けた、それと前後して、別の人物からも連絡を受けていた。理一だ。恐らく彼もまた、ラブマシーンの一件を思い浮かべていたのだろう。体制の人間である彼の懸念は、自分たちのそれを凌駕しているはずで、それを思えば彼の心配は佳主馬や健二が抱くのより深かったことは想像に難くない。
『侘助と連絡が取れない』
緑色のアバターには緊張感というものが著しく欠けていたが、理一の短い台詞の示すところは緊迫したものだった。「アバターを食う」という要素からラブマシーンを連想した時、関係ないだろうと思いつつも確かめておきたいのは侘助の関与である。特に陣内の一族の思いは、他人より深い。やっと本当に家族になれた侘助が関与しているなんて思いたくはなかった。栄のためにも。
――それなのに、その侘助と連絡が取れないのだという。関係ない、とその一言が侘助から聞きたいのに、侘助と連絡が取れない。
これは重大な事件だ。理一はとにかく手を尽くしたらしいが、万策尽きたところで、佳主馬に連絡をよこした。なぜ自分に、という佳主馬の疑問に、理一は肩をすくめるようにして答えた。
だって、OZならおまえは王様だろ、と。
買いかぶりは困る、と思ったけれど、そう言われて謙遜するほど佳主馬は老成していなかった。
だが、自分ひとりで全部をやりおおせると思うほど子供でもなかった。それを教えてくれた人を、佳主馬は知っている。
作品名:Grateful Days 作家名:スサ