Grateful Days
そこへ飛び込んできたのが健二からの連絡だった。その人は、王様より強い魔法使い。初期装備だってラスボスに立ち向かうちょっと無茶苦茶な勇気をもった、優しくて強い人。
「え?」
健二は瞬きした後佐久間と顔を見合わせ、それからまたモニタに視線を戻した。カメラを通した佳主馬が頷いていた。彼のアバターのように寡黙な仕種で。上田の夏からそんなに時間が経ったわけではないのに、佳主馬君ちょっとりりしくなってる気がする、と健二は若干複雑な気持ちになった。自分の成長期はもう終わっている気がする。いや、まだ夢を捨ててはいけないと思うけれど。あきらめなければ、伸びる…かもしれない?
「侘助さんと連絡が取れない…?」
健二の困惑は佐久間の困惑でもあり、同時に佳主馬の心配だった。
『理一おじさんも探してるけど、連絡がつかない。…夏希ねえにも頼もうかと思ってるけど、…まだ言ってない』
「…そう、なんだ」
夏希が今侘助を思う気持ちは、昔の淡い初恋とはもう違うだろう。けれど、心配は絶対にする。取り乱してしまうかもしれない。元々情が強いのだ。
どうしようもなくなったら彼女にも協力してもらうことになるだろうが、今はまだ実際に大ごとになったわけではない。なるかもしれない、という微妙な所だ。
とはいえ、理一が侘助を探すくらいだから、一部では深刻なことになっているのかもしれなかった。それくらいあの、OZを揺るがした事件はセンセーショナルなものだったのだろう。起こるはずのないことが起こってしまったのだ。未然に防がれたとはいえ、いや、それを防いだのが組織ではなく個人団体だったということもきっと、体制の人間には脅威に映っていたかもしれない。
『今回も、同じ作戦なの?』
佳主馬は冷静なように見えた。そういう姿を見ていると、健二もすっと頭が冷えるような気持ちになる。佐久間が伏せていたウィンドウをひとつ立ち上げる。そこにはネットゴーストの今までの行動がまとめられていた。目撃証言、のようなものも。
「どうだろう…、キングはどう思う? こいつは何をほしがってるんだろな」
『さあ。戦ったこともないし』
佳主馬は簡潔に答えて肩をすくめた。なるほど、と佐久間は頷く。健二は顎を抑えた。
「…質問は、『ママはどこ?』だよね」
「ああ」
健二は両手を顎の下で組んで、真面目な顔になる。その目はもう、前を向いているようでどこも見てはいなかった。その視線の先にあるのはきっと、数字の海。
「しっかし、ママはどこ? かあ…」
佐久間は頭の後ろで手を組んで、ぐいっと背中を伸ばした。
『佐久間さん、何か心当たり、あるの』
ないよ、と首を振りながら、佐久間も何か考えるような顔を見せる。佳主馬は急かさない。
「…子供の見た目で、子供みたいなこと聞くだろ? だから、案外本当に子供なのかなって噂があるんだけど」
『で?』
「…だとしたら、暗号じゃなくて、本当にこいつの正体がわからないと答えられない答えなのかなって思ったりして」
『…わかるの? IPとか?』
「わかったらゴーストじゃないでしょ」
ぶつぶつと思考のループを繰り返しているらしい友人をちらりと見た後、佐久間は苦笑した。
「案外、ひねった答えじゃなかったりして」
『…。で、アバターを食うって本当なのかな』
質問について考えるのは健二に預けたのか、佳主馬は別のことを尋ねてきた。確かに彼にとってはそれこそ気になる点だったろう。
「うん。…強制ログアウトさせられるらしい。それから…、どんなにログインしようとしてもアバターが初期化してて、もっかいカスタマイズから始めないといけないらしいぜ」
『情報をとられるとかはないのかな』
カスタマイズしたアバターは確かに愛着のあるものだろうが、現実問題として、アバターの持つ権限や情報こそが重要だ。それが脅かされているか否かは見逃せない点である。
佐久間は思案気にブリッジを指で押さえた。
「今のところそういう報告はない、でも――」
佐久間は今度は腕組みをした。
「報告がないってだけで、本当に情報が抜き取られてないかはまだわからない。単に不審なアクセスがないってことになってるだけで、それが情報取られてない証拠にはならないし、不審なアクセスではない、と誤認させてるとしたら?」
掌をみせながら、彼は断定する。
「誰にも、本当のことはわからない」
『…狙いが、知りたいな』
佐久間はウィンドウのアバターのイラストを見、佳主馬は目を伏せた。そこで健二が、不意に顔を上げる。
「じゃあ、会いに行ってみようか」
「え?」
『健二さん?』
それまでぶつぶつ考えていた健二が、ふっと現実世界に降りてきた。そしてなんでもないことのように言った。佐久間はぽかんと口を開けて健二を見、佳主馬は目を瞠っている。
「だって、考えててもわからないし。会ってみたら、色々わかるじゃない」
健二は妙に落ち着きはらって見えた。土壇場で見せる彼の強さがそこにはある。
「…だな」
先に我に返ったのは佐久間か佳主馬か。佐久間はくしゃっと笑って同意を示し、佳主馬はモニタの向こうで力強く頷いていた。
「じゃあ、お誘いをしなくちゃ。…そうだなあ、小さい子供ならこれしかないか、」
かたかたかた、と佐久間が打ち出したのは、短いインビテーション。
『ママに会いたい?』
「ひっかかるかなあ…」
「ダメなら次を考える」
『僕も何か考えるよ』
「頼むぜ、キング」
「ありがと、佳主馬くん」
放課後の部室は既に、夜の部室になっていた。週末はネット世界の治安維持をたしなんでます、ってのを次の部活紹介でいってみようかな、と佐久間はちらりと考えた。OZ防衛軍久遠寺支部、なんちゃって、と。
作品名:Grateful Days 作家名:スサ