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Grateful Days

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 健二は、この子供が、子供に見えるアバターが何を欲しているのか、わかるような気がした。だから手を差し伸べた。胸を開いて。

「…ママは、ここにいるよ」

 健二、と隣で佐久間が止めたような気がした。けれど、健二の口は、指は、止まることがなかった。どこからが自分の意識で、開かれた腕がアバターのそれなのか自分のものなのか、本当に一瞬何もかもが曖昧になっていた。境目、というものが。
 子供のアバターの顔が、驚きに見開かれ、そしてぱあっと明るいものに変わった。OZの特殊効果とでもいえばいいのか、その背後には明るい光のようなものがきらきらと浮かんでいる。
 だが、そこまでだった。

 ――ブツンッ

 パソコンの電源が落ちた。停電よりも激しく、一瞬にして。映像は何も映し出さず、だから子供がリスに飛びついて、その後どうなったのか全く分からない。
 何が起こったのか、誰にもわからない。
「健二、おい健二!」
 佐久間はモニタの前で固まっている健二に声をかける。しかし、聞こえていないのか、健二はただ画面を食い入るように見ている。呼びかけが通じないと見ると、佐久間は舌打ちしてキーボードを猛烈な勢いで打ち始めた。
「…キング! トレース座標、送る!」
『もう動いてるっ!』
 健二のアバターがどうなったかわからないが、どうやって行動していたか、その座標を割り出すことはできる。できない、とは佐久間はけして認めたくなかった。それはサポートを待たずにOZの白い空を蹴って飛んでいるキング・カズマ、そのマスターである佳主馬にしても同じだっただろう。
 ウサギは黙して語らないが、跳ねる動きも飛ぶ動きもひどく急いでいるのが誰の目にも明らかだった。
「…健二、」
 佐久間は横目で動かない友人を見た。なぜ健二があんなことを言ったのかわからない。彼に見えた数式が自分に見えればいいのに、自分にもわかればいいのに、佐久間は何となく唇をかむ。
 実際にはそこに数式など存在していなかった。ただ、泣いている子供がいて、そのほしがっているものが何なのか、自分に重ねて思い出せるか、わかるかどうか、その違いだけがあったのだけれど。

 どうにか冷静さを保とうとしている声だ、と理一にはわかった。ほとんど叫び出してしまいそうな激情を抑え込んで、佳主馬は連絡してきた。ゴーストに接触した、でも健二さんがやられた、という端的な報告を。
 やられたってどういうことだ、と問い返したことが佳主馬の限界を超えさせてしまったらしい。
『知らないよっ』
 怒鳴っているのか悲鳴を上げているのか、紙一重。理一は瞬間二の句を迷った。
『そばにいたらわかるのにっ、そばに、いないんだよっ』
 ネットの中で、OZでつながっているとはいえ、現実には東京と愛知の間には随分な距離がある。物理的な距離を超えることには、いくらなんでもたくさんの無理があった。
「…こっちで何かできることは」
 理一は違うことを尋ねた。今の佳主馬に冷静になれと言った所で逆効果だろう。元々佳主馬は冷静な少年なのだ、何かのきっかけがあればどうにか理論的になるだけの冷静さは取り戻すに違いない。
 陣内の男に、半端なのはいらない。栄ならそう言う。
『……っ、……様子を、見に行ける?』
 激情をどうにかコントロールしている、それがわかる声だった。理一はマイクを押さえながら頷いた。
「もちろん。わかった、俺は向こうに合流しよう」
『…よろしく』
 佳主馬も気をつけて、そう返せば、僕が何に、と不敵な台詞と共に通信は切れた。大した自信だ。だがそれもあながち傲慢でもないのだろう。確かに佳主馬は「キング」なのだ。

 健二はずっと動かなかった。佐久間はゴーストと健二のアバターの追跡を佳主馬に任せて、サポートに目を配りながら隣に駆け寄った。駆け寄るというほどの距離ではなかったが。
「健二、おい健二、しっかりしろって」
 肩を揺らせば、はっとしたように動いたが、…ぐらり、とまるで人形のように倒れる。慌てて抱きとめて、けれど体勢的にも腕力的にもそのまま受け止め損ねてしまって、がたがたと床に倒れこむ。
「って…、て、おい! 健二! 健二!」
 揺らしても返事がない。もしかして逆に揺らしてはいけなかったのか、と血の気を引かせながら佐久間は呼びかける。呼びかけながら、とにかく床に平らに寝かせた。けれどさすがにそのままというのも気が引けて、自分のコートを持ってきて床に敷く。汚れるだろうがそんなことを考え付くはずもない。それどころではないのだ。
「健二、健二、健二!」
 あのときだってここまで慌てはしなかった。彼の周りには頼りになりそうな味方がたくさんいたせいかもしれない。
 けれど今この部室には佐久間しかいない。健二、と呼びかけながら佐久間は考える。どうする、どうする佐久間敬!
 その時だった。
 階段を誰かが昇ってくる音がする。おかしい。死角になっているのをいいことに居残っている自分たちの他に誰がいるというのだ。見回りだってまだその時間ではない。それくらい把握しないで残れるわけがない。念のため照明は落としているし、パソコンの明かりだって外からはわからないようにしてある。
 では誰だ。
 佐久間は寝かせた健二を庇うように伏せて、ないよりはまし、と夏希が置いて行った竹刀を握った。夏希のように戦える自信は全くもってないが、今ここにいるのは佐久間だけなので仕方がない。健二に戦士や勇者のタイプじゃない、と言ったけれど、佐久間だってどちらかといえば体力派ではない。
「……、」
 ぎゅ、と竹刀を握る。友達を守れない男にはなりたくない。足音は部室の前で止まる。つばをのむ。ドアが開く。

「こんばんは…?」

 ずる、と佐久間は竹刀を取り落してしまった。拍子抜けしてしまって、眼鏡までずれる。
 逆光を背負って立っていたのは、モニタ越しでなら見たことがあった、陣内理一だったのだ。
「は…はは、…こんばんは…」
 理一は不思議そうに首をひねった後、横たえられた健二に気付いた様子で膝を折る。
「…健二君は?」
 佐久間ははっとして健二をのぞきこむ。やはり反応がない。
「落ち着いて、佐久間君」
 夜目がきくのだろうか。理一は佐久間の動揺を見抜いたように少年の肩をたたいた。
「…今、一度ログアウトしてくれるかな。別の場所でログインし直そう」
 指示しながら、理一は健二を背負う。いくら細っこくても高校生男子だ、軽いということはないと思うのだが、理一は買い物袋を持つくらいの重さも感じていない、という顔をしていた。さすが自衛隊、…でいいのだろうか。この場合の感想は。
「理一さん、車なんですか」
「うん。佳主馬から連絡受けてね、様子を見てきてほしいって」
 荷物は? と聞いてくるのに、それはオレがもちます、と佐久間はざっくり自分と健二のかばん、それからコンビニのビニール袋を持ち上げた。
「…それは?」
「非常食です」
「…そう」
作品名:Grateful Days 作家名:スサ