木漏れ日
(なあ、いい加減、目を覚ましなよ)と。
選ばれた人物は、やはり選ばれた道を進むだけだ。
相手を引き剥がそうとしたら、ハリーは余計に僕に擦り寄ってきた。
「―――いいかハリー。君と僕とでは立場がちがうんだ」
「うん、わかっているよ。僕はちっともドラコと釣り合ってないってことは十分承知だ。分かっているけど、それでも好きなんだ」
僕はため息をついた。
「全くの逆だ。君のほうが立場は上だろ?君は有名人だし、ちびっ子にはヒーローだ。僕はなにもない、そこらへんにいるただのホグワーツの学生だ」
「僕の名声なんか世間が勝手に言っているだけで、迷惑な話だ。どうでもいい。ただ、ドラコに嫌われたら、もう……僕は……、僕は……」
そう言って泣きながら、僕を抱きしめてかきくどく。
「―――じゃあ、いったい僕のどこが好きなんだ?」
「全部!すべてさ!」
即答でハリーは答える。
その潔さにめまいがした。
「いいかハリー。僕はまず、男だ。しかも性格はキツイとみんなに言われているし、僕自身も容赦ないほうだと思っている。怒りっぽいし、頭を下げるのもキライだ。めったに笑わないし、自分と対等か、それ以上の人物としか、付き合わない。それ以外は一切、相手にしない。とても了見が狭いんだ」
「うん、分かっているよ。それもひっくるめて、みんな好き。………そして、君は気づいていないみたいだけど、いいところも、いっぱいいっぱいあって、いつも僕を幸せにしてくれる。ありがとう、ドラコ。……ありがとう……」
そう言って、僕のほほにキスをした。
ひどくそれがくすぐったくて、少し笑ってしまった。
その笑顔を見て、ハリーも笑う。
「僕はドラコがそうやって笑ってくれるだけで、嬉しくなるんだ。僕はドラコがずっと笑ってくれるんだったら、何だってするよ」
「―――だから、僕にはそんな価値はないって!」
僕はハリーの腕を振り払おうとした。
「誰がなんて言おうと、君は僕の中では一番大切な相手だ。ドラコ、僕は君といるとどんなに幸せか、教えてあげたいよ。君といるときに感じる幸福と同じくらいの幸せを、僕は君に与えたいんだ。だから、頑張るから……。絶対がんばるから……」
こういうときのハリーのエメラルドの瞳は、深く澄んで本当にきれいだった。
そしてずるいなと思う。
僕がハリーといて『幸せ』を感じていないと、本当に思っているのだろうか?
僕はハリーから離れたかった。
彼の名声には僕なんか邪魔なだけだ。
でも、もし本当に離れてしまったら、僕はハリーがいなくなった空間を、どうして埋めたらいいのか分からない。
彼は僕の心の中に突然やってきて、ひっかきまわすだけひっかきまわして、そして突然またいなくなってしまうんじゃないかと、ひどく不安になる。
―――もしかしてハリーも僕のことを、そう思っているのかもしれない。
僕は口数が多いほうじゃないし、いつも不機嫌だったからだ。
あの彼の落ち着きのない行動の数々も、本当は僕せいかもしれない。
いつもハリーを、不安にさせてばかりいたかのかもしれない……
「……ごめん、ハリー」
ポツリと僕は初めて相手に謝った。
言葉にすると、後悔が波のように押し寄せてくる。
僕は本当はハリーと同じぐらい、とても感情的な性格なんだ。
「―――ドラコ。君が謝るなんて……。君はいつも悪くないよ。いつも君はわるくない……」
ハリーはぎこちなく震えている腕で、僕をしっかりと抱きしめなおす。
「―――ああ、僕は本当にバカだ。ただ、君を幸せにしたいだけなのに」
彼のとても早い鼓動が伝わってきた。
「僕はかっこ悪いよね……。ひどく情けない顔ばかりを、ドラコの前にさらして……。本当はカッコイイ僕を見て、ドラコに好きになってもらいたくって、いつも、ビシッとしなきゃとか思うのに、君を前にすると変に緊張しちゃって、とんでもないヘマばかりして、結局、君に怒られてばかりだ。―――本当に情けないと思う」
ハァーとハリーはため息をついた。
「それでもね、戦っているときは、いつも君のことを思っているんだ。どんなピンチの瞬間でも、『これぐらいなんでもない』って、いつも思う。僕は何のために戦っているか、その意味が分かっているからね。僕が戦っているのには、意味がちゃんとあるんだ。奇跡なんかさ、一度もない。幸運なんて、めったにない。いつでも、どんな場面でも、自分で切り開いてきたんだ。僕は生きてここに、戻ってこなきゃいけないんだ。そう心に誓っているんだ。だって、君がここにいるから………」
そういって照れたように「エヘヘ」と笑って、鼻をこすった。
なぜいつもハリーは切羽詰ったように、自分に語りかけてくるのか、ぼんやりと理解できた。
きっと「今」が全てなのだろう。
「今」を生き抜かなければ、きっと未来は来ないことを、生死をかけて戦ってきた彼には、骨身にしみているらしい。
本当に不器用なんだ。
カッコ悪いし、いちいちやることが大げさで、落ち着きがない。
さっきまで笑っていたかと思ったら、僕の言葉ひとつですぐ泣くし。
でも、それのひとつひとつが、ちっともイヤじゃない。
ハリーの精一杯は、ひどく気持ちがよかった。
僕は胸がいっぱいになってくる。
「……おまえは本当にバカだな」
「そうなんだ、バカでどうしょうもないんだ」
「そして、僕も同じぐらい、きっとバカなんだ……」
僕は顔を上げるとハリーのネクタイを引っ張って、おでこをぶつけながら強引にキスをした。
何度も何度も繰り返し、キスをする。
ハリーは息つぎがうまく出来ないのか、苦しそうだったけど知ったことじゃない。
自分は今、ハリーにとてもキスしたかったんだから、仕方ないじゃないか。
「……ちょっ、ちょっと待ってよ、ドラコ。そんなにキスされたら、僕はその……、なんていうのか、全く我慢できなくなるんだけど―――」
いたずらにハリーの首筋をぺろっと舐めると、
「ひぃーっ、首はやめてくれー。くすぐったい!」と言いながら、頭をすくめる。
その仕草が面白くて、もっともっとハリーの顔中に、キスをした。
ハリーは及び腰で、僕から逃げようとする。
「まっ、…――まって、……待ってくれ、ドラコ!君の行為は嬉しいけど、これ以上キスされると、本当にマジで止められないから!」
「別にいいけど」
「まだ夕方だよ?」
「いいよ」
「下手すりゃ、今僕は、ものすごく盛り上がっているから、夕ご飯を食べ損なうかも。それでもいいの?」
「夜食はお前のことを心酔しているドビーが作ってくれるんだろ?」
「ああ、そりゃあ、言えば喜んで作ってもらえるはずだけど……」
「ならば、なにも問題はないじゃないか」
「―――けど、何か変だよ。ドラコのほうから、こんなこと言うなんて……」
「いやなのか?」
「いえ、もちろん、大好きですっ!!」
単純な答えに、単純なからだ。
僕たちはベッドでたがいの服を脱がしあいながら、抱き合って笑い転げる。
―――大好きな相手といっしょにいられる。これほど幸せな時間など、ありはしない―――