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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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soleil<ソレイユ>

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 彼の庭は、その司る力が示す如く、ありとあらゆる植物や動物であふれていた。ジュリアス自身も滅多に他人の館の庭を訪れることはなかったのだが、その日、たまたま用事があって、館の側仕えに案内されて来たのがひまわりの群生だった。
 「これはこれは珍しい、おまえがこんな所までやってくるとは」 
 「見事な花々だな」
 言ってはみたが、肝心の本人の姿が見えない。ひまわりの中にいることは確かだが、どうやら座り込んでいるらしい。
 「女王陛下から用を言いつかった。伝えるからこちらに来るがよい」
 彼はひまわりの花々の中からすっくと立ち上がるとニヤリと笑った。
 「用があるならおまえから来い、ジュリアス。俺を捕まえたら話を聞いてやってもいいぞ」
 言うなり彼はまた花の中に姿を消した。
 「な……何を言う! 私はそのような暇は」
 「ほら、俺はここだ!」さっきとは全く別の場所から彼は現れた。
 ジュリアスは群生の中に踏み入ると叫んだ。
 「やめないか……!」
 言っている途中で後ろから髪を引っ張られた。あわててジュリアスが振り返ったときにはもう彼の姿はなかった。
 「……いい加減にしろ!」
 だが、彼の朗らかな笑い声が返ってくるだけだった。ジュリアスは耳を澄まし、その笑い声のするほうへざっと群生の中を突き進んだ。気配がする。
 がさり。音がした。
 「そこだ!」
 行こうとしたそのとき、ジュリアスは後ろから羽交い締めにされた。
 「あれは石だ。引っかかったな、ジュリアス」
 振り返ると彼がしてやったりと笑っていた。
 「ここはまさにそなたの『庭』なのだ。私が不利なのは仕方なかろう」
 思わず妙な負け惜しみが口から出た。彼はジュリアスを後ろから抱き締めたまま、くすくすと笑っていた。
 「……いつまで笑っている」
 むすっとして言いながら、ジュリアスは彼の腕から離れようとした。ところが彼のほうが力があるようで、腕をほどくことができない。そんなジュリアスの動きに我関せずとばかりに彼は続ける。
 「面白い奴だな、おまえは。だが……」
 「だが、なんだ」
 「ひまわりのようだな」
 唐突な言い様に、ジュリアスは目を丸くした。
 「眩しいほど鮮やかに咲いている様子と似ている……もっとも」
 彼は片手だけをジュリアスの身から解くと、彼やジュリアスの背とほとんど変わらない高さにあるひまわりの花びらをつん、と指で弾きながら続けた。
 「図体と態度の大きいところもそっくりだがな」


 くす、とジュリアスは笑ったが、身支度を調える側仕えたちが驚いたので、あわてて表情を元に戻した。
 私がひまわりのようだ、か。
 思い出す。屈託のない彼の笑顔。少々強引なところもあるが憎めない人柄。ひまわりを見ると、自分というよりむしろ彼のことを思い出すのだが。
 宮殿への出仕の準備も終わり、館の者たちに見送られ、ジュリアスは送り迎えの馬車に乗りながら呟いた。
 「……まあいい。彼はひまわりが好きだと言った」
 そのとき、側仕えの一人が慌てた様子で馬車に駆け寄った。