soleil<ソレイユ>
ジュリアスが次元回廊の扉を開くと、そこは一面の葡萄畑が広がっていた。カラリと晴れて、空が突き抜けるように青い。時折乾いた風が穏やかに吹き抜ける以外、周囲には何の気配も感じられない。ジュリアスは、側仕えに作らせたひまわりの花束をぐっと握りしめた。
このときだけは、クラヴィスはジュリアスを見送りに扉まで来ていた。ひまわりの花束を見て、クラヴィスは少しだけ笑みを浮かべたような気がした。
扉がすっと消える。あの向こうで、マルセルはきっと泣いたままだ。ついて行きたいというのを冷たく突っぱねてしまった。
クラヴィスが、マルセルをなだめてくれていればよいが……。
苦い思いを抱えたまま、ジュリアスは重い足取りで先に進んだ。
泣くからだめだと言った。彼は泣かれるのが苦手だから、自分とクラヴィスだけの見送りで聖地を去っていったのだと。
詭弁。
本当はこんな情けない顔を誰にも見せたくないのだ。きっと情けない顔をしているに決まっている。首座の守護聖に課せられた役目。こればかりは誰とも一緒に務めたくない。
−−相変わらずワインを作っていたのだろうか。
憂いを払うように、ジュリアスは風景のほうへ気持ちを向けた。この葡萄畑の間の道を抜ければ彼の住んでいた家に着くはずだ。葡萄以外、人らしき姿もまるで見えない。
だが、しばらく行くと、葡萄畑から一転して鮮やかな黄金色が目に飛び込んだ。
「ひまわり……!」
思わず口に出して、ジュリアスは言った。少し足早になって近寄ると、もちろんそこら一面を覆う葡萄畑よりははるかに規模は小さいものの、びっしりと咲いたひまわり畑がそこにあった。ジュリアスが手に持つひまわりよりずっと花は大きい。
そのとき、がさがさと音がした。ジュリアスが身構えると、幼い子どもが飛び出してきた。そしてその後を追いかけてきたのか、老人が出てきた。
子どもはぽかんと口を開いたままジュリアスを見て、老人の服をぎゅっと握りしめた。だが老人のほうはそんな子どものことをまるで頓着していないようだった。ジュリアスを凝視し、やがて手にあるひまわりの花束へ目を移した。
「ひまわり……咲かせてくださったのですね、光の守護聖様」
老人は微笑むと静かに言った。
本当に『白い布だけを巻きつけて』来たのですぐわかった、と老人は言った。光の守護聖様はいつ来てくれるのだろう。彼どころか彼の娘、つまり老人の母も逝ってしまった。そして自分もとうとう彼のようにひまわり畑で孫の追いかけっこの相手を務める年になってしまった。あまりに昔の話なので、夢物語のような気がしていたのだとも。
ジュリアスは苦笑して老人の話を聞いていた。
「私は今朝聞いたばかりなのだ。これでも急いで来たのだが、時間の流れは大きく異なる」
そのようでございますね、と老人は笑った。お会いできて何よりでございました、と言って、彼はおもむろにワインのボトルを取りだすと、母からの伝言で、彼の祖父が、光の守護聖様がいらしたらそのとき最も良い出来のワインを差し上げるようにと言付かっている旨伝えた。白ワインだが、かなり濃厚な黄金色。ワインのラベルには「ソレイユ」とある。
祖父は本当にひまわりの花が好きでした、と老人は言った。老人の母親が駆けつけたとき、彼は笑ったままであり、何かいい夢を見ながら眠っているようだったと。
作品名:soleil<ソレイユ> 作家名:飛空都市の八月