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カヌチ異伝 Eternity Yours

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 エスドとて、セントラルアカデミアとケメカ政府の強力な支援体制を得られなかったら、同じ末路を辿ったに違いない。
 しかし彼は、生きて発掘区域への道程を確保し、調査を開始。
 事前調査で施設の外部構造を確認し、セントラルアカデミアが派遣してきた二人のSv.、ヘスクイサとアズハと共に、施設内部の調査に挑戦したのだが――



 携帯計器の外部通信機能が、全く働かない。
 先程の崩落が、回廊の途中に設置してきた中継機にまで、影響を及ぼしたんだろう。
 舌打ちと共に、計器を閉じる。
 蛍石鏡面がぎらりと光を弾き返し、ヘスクイサの目を刺激した。
 周囲の気温と共に、空間の明度も上昇し続けている。
 ヘスクイサは、投光桿の機能を止めた。
 エスドの事前調査図面では、浅層部にソルの光を受けて働く採光設備があり、人が施設内部に入ると、自動的に明かりを供給するという。
 が、果たしてそれだけの事なのかどうか。
 現段階では一概に言えないが、この辛辣な環境下、単純な採光目的だけで、そんな面倒な設備を作る必要があったのだろうか。
 それともその設備さえ、ここに安置されたと記録された神王の、翼の力が起こした奇跡の顕現なのだろうか。
 ヘスクイサの口角が、震えるように引き歪んだ。
 いずれにしろ、きっと何か理由がある。
 巧妙に繊細に、時を越えて秘め伏され、誰にも触れられなかった事実。
 それに今、触れている――悦に酔いかけて、ヘスクイサは慌てて目を開き、一つ大きく咳払った。
 重苦しい暑気が、不愉快な喝を突っ込でくる。
 汗を拭い、頭を一つ振り払うと、崩落の跡に歩み寄った。
 高さ、幅、共に三メトイル程もある螺旋回廊を、大量の岩と砂とが塞いでしまったように見える。
 本来なら、連れの女建築学者の意見を聞きたい処だが――当のアズハはといえば、相変わらず、背後で盛大に砂を吐き続けていた。
 使える様になるには、もう少し掛かりそうだ。
 それをちらり見たヘスクイサは、崩落跡の傍らに膝を着くと、舐める様な観察を始めた。
 この現象が、侵入者排除の為の罠なのか、それとも単なる自然現象なのか。
 そのどちらかで、今後の心構えが全く違ってくる。
 手袋をした手で砂をすくってみると、その倍量が、さあさあと流れ落ちてきた。
 見た目は、単なる砂漠特有の砂だ。
 ほんの少し舐めてみても、熱の匂いとざらつき以外に、妙なものは感じない。
 砂を吐き捨てたヘスクイサは、作業着の襟元をくつろげた。
「恐らく」
 ぽつりと響いた声に振り向くと、げっそりとやつれたアズハが近付いてくる。
 気丈な事に、小柄な新米Sv.は、ふらふらと壁に寄りかかりつつ、それでも必死に言を継いだ。
「自然崩落だ……罠の類では、無い……」
「根拠は?」
 淡々と訪ねるヘスクイサを睨んだアズハは、冷熱入り交じった額の汗を押し拭った。
「今まで歩いてきた回廊にも、似た様な崩落跡が、幾つかあったろう。今回は少し、その、規模が大きかった、が」
「弱いな」
 アズハの眉に、険が差す。
 が、砂の味を思い出したか、喉をぐっと詰まらせると、必死に何かを呑み堪えた。
 ヘスクイサが、目を眇める。
 やがて涙目で大きく息を吐いたアズハは、何とか普通に喋りだした。
「……勿論、根拠はそれだけじゃない。提出された事前調査報告書と、ここに来るまでの実体構造傾向とを、合わせて出した結論だ。これが施設侵入者を排除する為の罠だというのなら、もっと手前の位置で仕掛けられているはずだ」
「そんな考えを読み越して、敢えてここに罠を仕掛けたという見込みは?」
「それこそ、素人了見だな」
 ふふん、と笑ったアズハは、顎をあげて言い放った。
「この地下施設の設計者は、正確で膨大な知識と、追従し難き技能を誇った玄人だよ。私には判る。それらの事や、建築学術的な見地から判断しても、これは建材の経年劣化による自然崩落と考えるべきだ」
 ヘスクイサは黙ったまま、アズハに背を向け、腰具帯から紙巻きを取り出した。
 発火燐で火を着けると、深く煙を吸い込む。
 アズハの面に、怒りが浮かんだ。
「私の見立てに、不満でもあるのか?」
「……そんな発言をした記憶は無い」
 何処か遠くで、低い雷鳴のような音がしている。
 しかしアズハは憤然と、ヘスクイサの前に回り込んだ。
 見下ろすヘスクイサの鼻腔から、ふうっと煙が吐き出される。
「言いたい事があれば言え! お前達と違い、確かに私は若輩だ。しかしSv.の称号を持つ者として……」
「『称号』なんて、自分の口から言うもんじゃないよ? こっ恥ずかしい」
「なっ……」
 アズハの言を遮るように、息を切らせたエスドが寄ってきた。
 身につけた装備が、涼やかな音を立てる。
「エ、エスド!? そういえば、一体今まで何処に……」
「ありゃ、ヘスクイサ、言わなかったのか? ちょいと先行してくるって……」
「言う間が無かった」
「くっ……」
「まあまあ二人とも。このエスドに免じてさ、仲良くやって下さいよ」
 エスドが、二人の間に割り込んだ。
 そっぽを向くアズハと、肩を竦めるヘスクイサ。
 それを見比べたエスドは、苦笑と共に言い募った。
「ほらほら、二人とも、機嫌直して。これからまた少し、一緒に行動するんだからさ」
「行動?」
 反目していた二人が、一斉にエスドを見る。
 アズハが、エスドに詰め寄った。
「おいっ、まさか……まさか!」
 能面じみたヘスクイサと違い、エスドは何時も穏やかで、無垢な微笑を浮かべている。
 そんなエスドの舌先が、乾いた唇を僅かになぞった。
 アズハの目が瞬き、気怠気に組まれたヘスクイサの腕が、微かに解ける。
 声色はそのままに、けれども強攻な眼差しで、エスドは引き返してきたばかりの、白く輝く回廊の彼方を見やった。
「ああ、ついさっき、先行先で扉を見つけた。回廊と、最下層空間を区切る扉に違いない……目的地だよ」
 アズハが大きく息を呑み、ヘスクイサの銜えた紙巻きから、ぼろっと白い灰が落ちる。
 鼻腔を詰め塞ぐ様な、重たい暑気が。
 汗と砂に汚れた肌の粘りが。
 何もかもが、弾けて何処かに吹っ飛んでゆく。
「そ、そうだ、聖骸……聖骸はっ!? 神王の聖骸はあったのか!?」
 我に返ったアズハが、エスドの腕を掴んで振り立てた。
 穏やかにそれを遮ったエスドの笑みは、もう、何時ものものに戻っている。
「ちょ、待て待て! そりゃあまだ判らないって。実際に、中に入って確かめてみないと……って、どうかしたのか、アズハ?」
 名を呼ばれ、息を詰まらせたアズハは、ためらいがちに囁いた。
「ほんとに……あるのか?」
 無言のまま目を眇め、ヘスクイサがアズハを見下ろす。
 口ごもる子供を励ます様に、エスドが言った。
「どういう事だ? アズハ」
「お前の調査報告書と事前論文には、全て目を通した……けど、本当にこの施設に、神王の聖骸があるのかどうか……」
「何か、不備があった?」
「い、いや、不備じゃない! 不備は無かった。無いと思ったから、ここに来たんだ。けど……実際に実証物を見て……返って自信が無くなった」
 悪戯を叱られた子供のように、頬を紅く染め、アズハがうつむく。
作品名:カヌチ異伝 Eternity Yours 作家名:澤_