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カヌチ異伝 Eternity Yours

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 そんなアズハを見下ろしたエスドは、目を閉じて頷き、優しく笑った。
「じゃあ……逆に聞こう、アズハ。君がここには、聖骸が無いと思ってる理由をね」
 アズハは上目遣いに、エスドを見上げる。
「……私の知る神王イズサミの印象と、あまりに違い過ぎるのだ……」
「違う……何が?」
 本音故に、取り消す事も、冗談と笑い飛ばす事もできなかった。
 ここで愛想笑いを浮かべて矛先を片付けるくらいなら、はなから学者になんかならない。
 歯を喰い縛ったアズハは、激しく頭を打ち振ると、大きく息を吸い込んだ。
「建築の意匠というものは、その対象の印象に強く影響される。エスドは、初めてこの建物を見た時、どう感じた?」
「んー……保存状態が良好だったせいかもしれないけど、白くて、素朴で、綺麗だなーって思った」
 アズハはそっと、白い壁に手を伸ばした。
 砂漠の砂を上手に利用して造られた壁は、精密に削り出された岩盤と、綿密な石組みとが相まって、涙を呼ぶほどもの静やかで、美しい。
 この建物を設計し、造り上げた者達は、きっと欲も得も無く、長い時をかけ、丁寧な作業を積み上げていったのだろう。
「だろうな。私もそう感じた」
 が、そうであればあるほど、同時に感じる妙な違和感。
 アズハはエスドの方に向き直った。
「この施設の意匠から感じ取れるのは、純粋で、控え目な素朴さとか、そういう大人し気な感じなんだ。そんな場所に、安置するものか? ……黒翼の嗜虐神を」
 エスドの優しい眼差しが、僅かに揺れた。
 暑気とは別の、胸塞ぐ何かが、アズハの呼吸を妨げる。
 しかし応えてくれたのは、無言のまま立っていた、ヘスクイサの方だった。
「なるほど。お前は、そっちの方を聞いて育ったんだな」
「そっち?」
 紫煙をくゆらしたヘスクイサは、目を閉じ、小さく首を傾げた。
「実は神王に関しては、古今処を問わず、かなり矛盾した記述が残されている」
「……神王イズサミの、二重神格説だな?」
「ほう、知ってたのか」
「わ、私を馬鹿にするな! その程度の事等……」
 荒げた声に反応したのか、天井から、砂が降り落ちる。
「まあまあまあ……ここは大人しく、専門家の話を聞いとこうぜ?」
 奮然とむくれるアズハを、エスドが押し止める。
 他人事のように肩をすくめ、ヘスクイサは続けた。
「神王イズサミについて表現したものを、媒体問わずに集めてみる。するとその内容が、真っ二つに分かれるんだ。一つは戦場を血肉で満たし、敗者の臓物を啜って力を増した黒翼の嗜虐神とするもの。魔術の力に頼らず変貌できる、生粋の狂戦士だったという説もある。そしてもう一つは、飛翔一族の中でも特に非力で頼りなく、泣き虫で争いを嫌う、優しい気性の持ち主だったとするもの。いじめられて弱った小動物に肩入れした挙句、自分の名前を与えて守護した、なんて寓話もあった」
「なるほどね」
 エスドは頷き、ぐるりと周囲を見回した。
「確かにここは、嗜虐癖や狂戦士なんてもんとは、縁遠そうだ」
 アズハが、堰を切った様に言い募った。
「一旦調査を中止して、その辺を再確認して出直そう。この落盤に気づいた地上班が、復旧作業を始めている筈だ。補給と退路の確保も無しに、こんな大事に挑むなんて……無謀に過ぎる!」
「正論だが、今の状況で、それはない」
 ヘスクイサが、呟く。
「どういう事だ!」
「気温だよ」
 エスドが、引き取る様に即答する。
「先行した先も、ここと同じような気温だった。恐らくこの施設中、どこもかしこも、気温が急上昇してる。何せこの光の元は、ケメカ砂漠の死の陽光だもんな。ソルが真上にくる頃には、ここもとんでもない気温になっていると思うよ。今はこの程度で済んでいるけど、水無しでじっと助けを待つっていうのは、俺も願い下げだ」
「非常用の水は?」
「君が隠し持っていないなら、もう完璧に無い」
「ええっ!?」
「さっき全部、君が飲んで吐いちゃった」
「うっ……」
 怒鳴られた子犬のように、アズハが硬直する。
 にやりと笑ったエスドは、つと、その傍らにすり寄った。
「何だ何だ? いきなりきっつい体験して、一気に怖くなっちゃった?」
「ち、ちょっと砂をかぶった程度だ……まるで生き埋めになったみたいに言うなっ!」
「正味、生き埋めだったろう」
「ヘスクイサは黙っとけっ! ……で、アズハ君、どうなんだい?」
「わ、私は単に……」
 突然、エスドの両手が、アズハの肩を掴み締めた。
 ぎくりと震える面に、強攻な眼差しを突きつける。
 沸き上がるような声が響いた。
「進んでも留まっても危ないなら、先に進むべきなんじゃないか? 君は、ここに聖骸は無いと信じて歩けばいい。俺は、あると信じて歩く。そして確かめるんだ。自分の目で……その目で、確かめるんだよ!」
 ヘスクイサが、紙巻きを捩り潰した。
 その残骸を腰具帯の小瓶にしまい込み、肩の砂を払い落とす。
 エスドが、振り向いた。
「……ヘスクイサ?」
「睨むな。俺はこの状況なら、むしろ先に進んで聖骸の有無を確かめるべきだと思っている。後は、アズハ次第だ。恐怖で竦んだお嬢様を置いて、先に進む訳にはいかん」
「へぇ、お前でも、そんな事考えるんだ」
「…………」
 さあ、どうする? ――エスドの軽口を無視して、ヘスクイサの冷たい目が、アズハをじっと見下ろした。
「私を……若輩と侮るなっ」
 流れる汗を再び拭い、アズハは強く、言い放った。



 回廊は今や、ソルの白い輝きに満ち満ちていた。
 水を浴びた訳でもないのに、濡れた髪が、額にべったりへばりつく。
 ほんの少しの合間に、気温は三倍も跳ね上がり、三人の学者達は、最終目的地の直前に立っていた。
 狂わんばかりの煌めきの中に、ぽつんと浮かぶ黒点。
 それが絶え間なく揺らいでいる。
 その原因は、断続的な微振動の錯覚か、陽炎の揺らめきなのか。
 ずぶ濡れの様相を呈したヘスクイサが、顎から滴る汗を拭って喘いだ。
「あれが……」
 偏屈な神話理論学者とはいえ、本来ならもう少し、はしゃぎたかったに違いない。
 けれども後続の二人を含め、三人の体力は、限界を極めかけていた。
“学者”という言葉には、常に“脆弱”という印象がつきまとう。
 しかしセントラルアカデミアが誇る、国立総合学術院の修学者達は、全くと言っていい程、違った。
 彼らは学術を、生に豊穣をもたらす趣味や余興と見ない。
 己が全てを対象に捧げ、全身全力、全霊をもって、あらゆる事象を解析し、その実証に挑む事と定義する。
 だから彼らは、どのような環境下にあろうとも、観察眼が曇らぬよう、判断を誤らぬよう、徹底的に心身を鍛え抜く。
 エスドのような検証現場を渡り歩く実証学者はもとより、ヘスクイサのような理論学者でさえ、荒れ狂う外洋に生きる船乗り並みの頑強さと、耐久性を備えているのだ。
 例え水無しで砂漠の暑気に晒されようとも、それだけならば、もう少し余裕を持てていたはずだった。
 しかし先程から繰り返される、小規模地震と砂の雨が、その余裕を根こそぎ奪っていた。
作品名:カヌチ異伝 Eternity Yours 作家名:澤_