我らが麗しのパンディモニウム
青焔魔、あるいは魔神。
そう呼ばれ、物質界と虚無界において畏れ恐れられていた、悪魔の王の崩御。
世界を揺るがせるに十分な知らせは、瞬く間に広がった。
だが、世界が震撼しきる間もなく轟いたのは、新たな王の台頭。
パンディモニウム。
伏魔殿を意味する名を持つ、新たな悪魔達の長。
その存在が、これから先物質界にどのような影響を与えるかは不明。
予断を許さぬ状況に置かれたと改めて気を引き締めた藤本獅郎は、しかしその日、目の前の光景に動揺した。
場所は、正十字騎士團本部であるヴァチカンの中に存在する、法廷の1つ。
聖騎士という立場で召集されていた彼は、目に映る光景が信じられなかった。
否。
考えたくなかった可能性が現実になったことを、認めたくなかった。
「――本日は、お集まりいただき感謝いたします」
どこか他人を小馬鹿にしたような、芝居がかった調子で中央から告げるのは、道化師を思わせる恰好をした男。
正十字騎士團日本支部長ヨハン・ファウスト五世こと、メフィスト・フェレスである。
藤本にとっても友人にあたる悪魔は、広い場に楽しげな声を通らせた。
「今回、皆様にこうしてお集まりいただいたのは、彼女の為であります」
そう言って悪魔は、自身の隣に立つ少女を見せびらかす。
肩を超すほどの髪。
抜けるような白い肌。
凪いだ青い瞳を見せ、幼さの残る愛らしい顔に覚悟を決めた様。
尖った耳と、垣間見える八重歯こそ違ったが。
それはどう見ても、数年前藤本獅郎の元から消えた娘だった。
「燐……!」
微かな声で、養い子の名を呼ぶ。
苦悶ばかりが目立つ、誰にも聞こえないような声。
しかし少女は、まるで聞こえたかのように視線を僅かに動かした。
数年前と変わらない、不器用ながらも好意を見せてくる青に、藤本は歯を食いしばる。
「今宵此方にいる、先日死んだサタンの娘であり」
「現在の王であるパンディモニウム殿が、ある『契約』を正十字騎士團と交わしたいと申し出ているのです」
作品名:我らが麗しのパンディモニウム 作家名:三重