我らが麗しのパンディモニウム
少女の、踝ほどまであるのではないかという黒髪が、召使いの下級悪魔によって編み上げられ、まとめられていく。
出かける支度を徐々に進めていく彼女を見ていたアマイモンは、無表情のまま飴をかじった。
「わが君、また物質界に行くんですか」
「わが君言うな。お前からそう呼ばれるの嫌なんだよ」
「では母上」
「こんなデカい息子、生んだ覚えも育てた覚えもねー!」
八重歯を見せて威嚇してきた相手の、青い炎が襲ってくる。
その炎に怯えた召使い達を余所に攻撃を難なく避けると、白い顔を歪めた少女に寄っていった。
ちなみに、実年齢十代半ばの彼女は、正確に言うと妹に当たる。
しかし、現在の魔王という立場、八候王を従える存在であることを鑑みて、地の王なりに敬意を表して「わが君」と呼び、時折冗談で「母上」呼びをしていた。
そんな、たとえば人間から見れば複雑な間柄になるだろう少女の傍に寄ったアマイモンは、椅子に座っている彼女の太腿に頭をのせる。
ショートパンツとニーハイソックスの間に露出している素肌の部分だ。確か兄は絶対領域と呼んでいた。
ほどよい柔らかさであるそれにぐりぐり頭をおしつけると、頭を叩かれて止められた。
不平を伝えるため仰いだ先には、何より気に入っている無二の青。
「痛いです」
「首もいでないだけ感謝しろ」
「ボクも物質界に行きたいです」
「この前行っただろお前は。だから行けない」
また今度なと。
結い終えた髪を確かめる少女の細い腰へ、ぎゅっと締めるように抱きついた。
彼女が玉座に座してから、悪魔達は多大に行動を制限された。
正十字騎士團と魔王の間に結ばれた、盟約の為だ。
結ばれた当初こそすぐさま形骸化するだろうと思われた約定は、物質界に容易く顕現する女王の存在により継続している。
虚無界には飽いた悪魔が溢れ、物質界では人間共に平穏とやらが訪れた。
「キミはずるいですね。それに酷い」
「なんだいきなり」
「だって」
「キミの弟と父親のためだけに、ボク達を縛りつけているのでしょう?」
どこまでも自分本位な点は悪魔らしいのに。
そのくせ他者のことばかりを考えているのは人間臭い。
(面白いとは、思います)
でも、何故だろう。
彼女の束縛は満足感すら与えるのに、彼女の思いは不愉快だ。
謝罪のように頭を撫でてきた手の感触を感じながら、地の王はギリと爪を噛んだ。
作品名:我らが麗しのパンディモニウム 作家名:三重