我らが麗しのパンディモニウム
逃げ出そうとした相手の、長袖に包まれた細い腕を、少年は掴んだ。
祓魔師として鍛えてきた自分の腕とは違って細く、また抜けるように白い肌をした腕が、びくりと震える。
編みこまれて尚長く、背の中ほどまで余った毛先を伸ばしている黒髪は、必死になって顔を隠していた。
けれど少年はそれを無視して、掴んだ腕を引き振り向かせる。
露わになったのは、青い瞳に怯えを見せる、本来なら凛々しさを感じさせるだろう少女の顔。
尖った耳や、呆然と開いた薄い唇の隙間から見える八重歯が印象を多少変えているが、間違いない。
「……姉さん?」
呼んだ瞬間、揺らぐ青。
あからさまな動揺は、疑念を確信に変える。
相手の腕を握る力が、自然と強まった。
「やっぱり、姉さんだろ……?」
「違、」
「違わない。あなたは僕の姉、奥村燐だ」
「違ぇ!」
「違わない!」
怒鳴るように断言すれば、少女は顔を歪める。
それはまるで、気づいてほしくなかったとでも言いたげだったが、雪男は気にしない。
久しぶりにこみ上げる激情が、それを許さない。
「ずっと探してたんだ!」
手を離したあの時から。
「その為に祓魔師にもなった!」
少しでも力を得たくて。
「だから……!」
ようやく会えた大切な人に対し、どうすればいいか分からず、絞り出した声が震える。
久しぶりに揺れた心は、目の前の少女を求めて止まず。
気づけば、細い身体をかき抱いていた。
「……どこに居たんだよ、今まで……!」
最早、問うことしか出来なかった。
これ以上の言葉は、言葉以外のものすら溢れさせそうだった。
そんな情けない様を見せれば、肩口辺りからゆっくり吐かれる息が聞こえて。
「……ごめん」
ただただ抱きしめられているばかりだった姉が、謝罪と共に抱き返してきた。
作品名:我らが麗しのパンディモニウム 作家名:三重