愛と友、その関係式 第23話第24話
不意に鈴鹿が真剣な顔をする。
「ここにきたのは、こうしてここまでやれたのはお前のおかげだって思ったから……これでも感謝してんだ、俺。なあ、今までありがとな?」
突然の鈴鹿の謝意。美奈子は面食らって言葉を失くした。否、戸惑った。
”今までありがとう”それはまるで、別れの挨拶のようだと感じたからだ。そして、美奈子は自身の自惚れにも同時に気づく。鈴鹿にとって自分はまだ未来にいる存在だと、そんな自惚れ。だが、実際は違った。鈴鹿にとって、美奈子は過去の存在だった。ただの通過点でしかなかった。
美奈子ははたと気づく。恋愛感情とはつまり、その人の人生を背負いたいという表れなのだ、と。
寝食を共にし生死を分かち合い目標を共有することなど家族以外では不可能だ。つまり、赤の他人が家族となる正攻法はただ一つ――。
”愛している”とはそういうことだと悟った。
――和馬の見る未来に一緒にいたい、そう思ってたんだ、私。
あの水飲み場で見たキラキラと綺麗な涙。それを流す瞳。その瞳が見る未来。このインターハイが美奈子が見れる最後の鈴鹿のバスケとの関わりだ。
――これが最後。でも、もっと見たい。
しかし、それはもう無理だ。美奈子は自分へ向けられていた鈴鹿の気持ちをないがしろにして、応えられないと断った。なのに、今更応えたいなどと都合が良いにもほどがある。鈴鹿が過去のこととして処理するのは仕方のないことだ。してくれとも美奈子は頼んだ。
全部が全部、自分の自業自得だ。
鈴鹿と一緒に歩いていくのは紺野なのだから。
美奈子はぎゅっと目を閉じた。
◆◇◆◇◆
美奈子に好きだと伝えて、だけど拒絶された。いつかは薄れる気持ちだと信じていたのに、そうではなかった。だけど、美奈子の”好きな奴”がとても”良い奴”だから鈴鹿は納得できた。
後ろを振り向かない努力はしてきたつもりだ。男らしくないことも随分してしまった。その結果、紺野を傷つけてしまったのを鈴鹿は少し反省している。
しかし、ここまでしても気持ちは薄れはしなかった。
だから、美奈子が突然避けはじめて鈴鹿は内心ほっとした。
内にたまった薄れない想いとやらが、何かの拍子で出てきてしまいそうだからだ。だけど、恋愛感情は関係なしにどうしても美奈子へ伝えたいことが鈴鹿には一つあった。
満を持してといえるほど大仰なものとすると照れるが、インターハイはまさに絶好の舞台だと思えた。
伝えたいこと、その発端は二年前の水のみ場での出来事だ。
美奈子のなかでは忘れてしまうくらい、ほんの些細な出来事かもしれない。だけど、鈴鹿にとっては人生で一番に大事な瞬間だったように思う。
――もし、お前がいなかったら。
想像しただけでぞっとした。未だに出口のない闇を彷徨っていたかもしれない。
あんなふうにバスケのことで鈴鹿に面と向かって意見したのは、あの時点では監督と美奈子ぐらいだ。周囲はバスケに関して鈴鹿を畏怖し、圧倒的な力量の差に遠慮しているふしがあった。実際、自分より弱いバスケ選手に鈴鹿は興味などなかったし、弱いのは努力が足りないからだとほんの少し見下していた。
”コートの外でもチームの一員だよ”
だから、あの水のみ場で言われた言葉は衝撃的だった。
そして、実は一番に重要なのはその言葉を言ったのが他ならぬ美奈子だからだ。
鈴鹿の知るかぎり、美奈子は部活に対して真摯だ。朝練で先を越されたのは美奈子が初めてだった(少し反則っぽくはあったが)。基本、プロを除いて自分のバスケの強さ以外に興味はない鈴鹿だが、自分より強くなくても美奈子のバスケは好きだと初めて感じた。そんな美奈子が言ったからこそ、自分が実はチームメイトを仲間とすら思っていなかったという事実に気づけた。
必死に一人でボールを追いかけていただけだった。それをバスケと呼べないのは、鈴鹿が何より解っていた。
だから、気づかしてくれた美奈子にお礼が言いたかった。
日本で最後の晴れ舞台であろうインターハイで、優勝を片手にお前の言葉は一つも間違っていなかったと、お礼を伝えたかった。なのに、お礼を言ったあと、美奈子は表情を曇らせて俯いた。
どうして喜んでくれないのだろう? 解らなくて悲しかった。だけど、それがもしかしたら姫条じゃなかったからかもしれないと気づいた。
「そっか……わりぃ」
一番に優勝を祝ってもらいたい人物ではなかったから――と。
「――何で謝るの!?」
弾かれたように美奈子は顔を上げた。何故だか凄く泣きそうな顔をして鈴鹿を見つめる。
「だってよ……俺、姫条じゃねぇだろ」
言葉に、美奈子の目はみるみると見開いった。唇は震えて、美奈子はゆっくりと声を発した。
「違うよ……。私だって、紺野さんじゃない」
「……?」
美奈子の言わんとしている言葉の意味が解らない。鈴鹿は首を捻った。
”どういうことだよ”と聞こうとして、携帯電話の着信音に遮られた。条件反射で携帯電話と取り出すと、ディスプレイには監督の文字。
「監督からだ」
「出て」
美奈子の声に急かされて、ついつい通話ボタンを押す。
「何処にいるんだ」
「あ?」
「インタビュー。お前、忘れてただろ」
ああと鈴鹿は思い出した。そういえば、MVPはちょっとしたインタビューを受けなければいけない。男子の部の会場を誰にも伝えずに飛びだしてきたものだから、忘れたのではと心配になった監督が電話をよこしたのだろう。
「うす、はい。直ぐ帰ります」
一言二言小言を頂いて鈴鹿は電話を終えた。
「――美奈子?」
何時の間にか美奈子はいなくなっていた。大方、電話中に足音を消して立ち去ったのだろう。
「なんなんだよ、アイツ」
腑に落ちないものを感じながら、鈴鹿は後頭部をかいて大きく溜め息を吐いた。
24話へ続く
作品名:愛と友、その関係式 第23話第24話 作家名:花子



