愛と友、その関係式 第23話第24話
「そういうの嫌いだ、保険かけてるみたいで。それに一年試すとか、まるで失敗が前提みたいだぜ……です」
「そういう訳じゃないんだがなぁ」
「ウス。……でも、甘えたくないんで」
「甘えなぁ」
本田の落胆ぷりが、いつもよりも大きい気がした。
鈴鹿は違和感を覚え、そういえば先ほどの会話の中の”お前も”という言葉を思い出す。
「そういや、さっき”お前も”って。俺より先に来た奴でもいるんすか?」
思いつきは当たったようで、本田は頷いて大きく溜め息を吐いた。
「小波がな――。推薦を断ったんだよ、バスケで勝てない相手が出きたとかなんとか」
「はぁ? ど、どういう意味だよ」
思わず、教師に対する鈴鹿のなけなしの敬語が吹き飛んだ。
本田は気にとめずに会話を続ける。
「そりゃ、俺だって聞きたいよ。何が何だかさっぱりだ。そういや、お前は女子の決勝を見てたんだよな? そういう選手、いたか?」
「いや――」
鈴鹿は目を閉じて、女子決勝試合を思い出した。が、そこにはやはり美奈子がバスケを止めるというほどの選手はいなかったように思う。
「いなかった……と思うけど」
「だよな。突然どうしたんだか。お前は前から知ってたけど、小波まで何て……お前ら本当に勿体無い」
頬杖をついてぼやく本田の傍で、鈴鹿は見えない美奈子の真意に首を傾げたのだった。
◆◇◆◇◆
同時刻。はばたき学園、校門近くに意外な人物が訪れていた。
「だから、止まれって」
「いやです。止まりません。それに、僕は僕の恩人に会いにいくだけです。何か問題でも?」
「みえみえの嘘を……、そのついでに美奈子に会うつもりなんだろうが」
「や。だって気になるじゃないですか。天童くんを変えた女性」
悪びれない笑顔で立ち止まったのは若王子教諭だ。その後ろで苦虫を噛み潰したような顔をしているのは天童壬である。
「その言い方やめろ」
「あれ、照れてます?」
くすくすと若王子は笑って、何処にそんな力があるのか涼しい顔で天童を引きずって再び歩き出した。
はばたき学園の校門をくぐると、見慣れぬ成人男性と髪を染めた他校の生徒は嫌でも注目を集めた。
下校途中のはばたき学園の生徒達は所々で足をとめ、好奇の目で二人を見る。視線に真っ先に気づいた天童は、ますます表情を曇らせて若王子の服を引っ張った。
「注目集めてんだろ。いいから、ほら!」
「いいじゃないですか、注目くらい。先生は嫌いじゃないですよ?」
まったく話がかみ合わない。
天童が頭を抱えていると、今一番に聞こえてほしくない声が聞こえた。
「天童くん? やっぱり天童くんだ!」
声の先には、しこたま本を抱えた美奈子が笑顔で手を振っている。
「ゲゲっ。何でこう」
天童は額に手をあてて溜め息を吐く。ちろりと若王子をうかがうと案の定、瞳をキラキラと輝かせていた。
「君が美奈子さん?」
「はい?」
若王子の問いに、美奈子は笑顔で首を傾げる。
「あ、僕は若王子貴文。このヤンキーの天童くんに個人的に放課後勉強を教えている、羽ヶ崎学園の教師です。よろしく」
「うぉぃ!」
朗らかにいらない事まで説明してしまう若王子に、天童は叫ばずにはいられなかった。だが、もう既に遅い。
美奈子はきょろろんとして天童を見た。
「天童くんが、勉強?」
「おっ……おう。まあな」
何となく照れて鼻の下を指でこすると、横で含み笑う若王子を見つけて口を曲げた。
「天童くんは変わりたいらしいですよ。自分が何処までできるか試したいらしいです」
「だから何で余計なことを」
ペラペラ喋る若王子は掴みかかろうとした天童をひらりと横に避け、美奈子の手をとった。
「どうやら君のおかげらしいんですが……ちょっと、いいかな。ふむ」
若王子は興味しんしんに美奈子の目を覗きこむ。が、しばらくしてがっかりしたように肩を落とした。
「意外と普通なんですね」
「えっ?」
美奈子はますます困惑して、頭の上には何個ものクエッションマークが浮かんでいるようだった。
「てっきり、何か特殊な能力でも持っているのかと――」
「美奈子を何だと思ってんだっ」
天童は美奈子と若王子の繋がれた手をほどくと、二人の間に真っ赤な顔をしてわりこんだ。
「いいかげんにしろよ。だから、嫌だったんだ。若ちゃんに会わせるのは……」
「やー、若いです」
くすっと若王子が見透かしたように笑うものだから、天童はいよいよポコポコと頭に湯気を立てて憤慨した。
「――ンのっ」
「まあまあ、天童くん。落ち着いて」
後ろから止めたのは美奈子だった。
「うっ……、まあ、これ以上美奈子に迷惑かけるのもな」
辺りを見回すと好奇の視線は相変わらずで、ここが他校でしかも美奈子の学校だと思い出す。
「わりぃな、騒がせちまって。……若ちゃん、ほらもういいだろ帰ろうぜ」
「あ。僕は他にも用があるんで、天童くんは先に帰ってください」
軽い口調で若王子は手をあげて、”じゃあ”というと校舎のほうへ歩きだす。
ぎりりと奥歯を噛みしめる天童の横で、あっと美奈子は声をあげた。
「あの! 若王子先生!」
「はい?」
若王子が振り返る。
「よかったら、私にも勉強教えてくれないですか?」
美奈子の願いはかなり突飛で、さすがの若王子も一瞬ほど多少の疑問を持ったように見えた。が、直ぐに頷く。
「いいですよ。じゃあ、詳しい話は天童くんに聞いてといてくださーい」
ひらひらと大きく手を振って、今度こそ若王子は校舎に消える。手を振り返していた美奈子も、あげた腕をおろして天童へ向き直った。
「可愛い先生だね」
「そぉかぁ? くえないオッサンだ、あいかわらず。――で、お前まで何で勉強なんだよ」
「迷惑だった?」
「迷惑とかそんなんじゃない。お前って勉強嫌いそうだから」
「あ、はは。ばれてた?」
乾いた笑いを浮かべる美奈子に、天童は腕組した。
「俺って元優等生だからな。勉強が嫌いな奴と好きな奴はなんとなく見分けられるんだ。すごい?」
「へー、すごいすごい……って、えぇ!? 元優等生って天童くんが?」
「何だよ、失礼なやつだな」
あからさまに驚く美奈子の鼻頭を天童が掴むと、ぎゃっと悲鳴があがる。
「こうみえても中学の全国模試じゃ、結構な順位だったんだぜ」
「ふ、ふほはー(うそだー)」
「嘘じゃねぇよ。……んで、どうして勉強なんだ」
天童は鼻頭を放すと美奈子の顔を覗きこむ。美奈子は天童をねめつけた。
「話すと長いから、また今度ね。……あと、顔の距離がちかい」
天童はぱっと距離を離すと、からからと笑う。
「お前でもそういうの気にすんだな。……ん、了解。今度な、じゃあ俺はそろそろ帰るわ。実は結構居心地悪いし」
辺りをぐるりと見回して天童は肩を竦めた。
「あ、そうだ。――ほら、俺の番号」
気づいて、天童は携帯を取り出すとオーナー情報をディスプレイに表示させる。
「う、うん」
美奈子も頷くと、自分の携帯を取り出し素早く赤外線通信で互いの番号を交換した。
「うしっ、次の若ちゃんの空いてる日が決まったら連絡するよ。それじゃあ、今度こそな」
携帯をしまいこんで、天童は手をあげ爽やかに校門を出ていった。
◆◇◆◇◆
作品名:愛と友、その関係式 第23話第24話 作家名:花子



