【FY】詰め合わせ
ソルティータイム
池袋駅休憩室、午後2時過ぎ。
「はい、先輩」
コンビニでざっと買ってきた遅い昼食を食べ終わるなり差し出されたものを、あからさまな顰め面で受け取る。中身を抜いてそのままにしたコンビニのビニール袋の上にぽん、と置かれた小さなそれは、今日は可愛らしい白粉を刷いて、コンビニのロゴマークの上にちょこんとお行儀よく座っていた。
「……や、うん、ありがと」
突っぱねるものでもでもないので、有り難く頂戴しておく。袋の上から掌へと移動させたそれは、白い体の中にちらちらと薄茶の斑点を交えていた。
「今日のは塩豆です」
ぎい、と軋む音を立てて向かいに腰掛けた男と掌を交互に見比べて、渡されたものを指先で摘む。きゅう、と指の力に負けて、それは有楽町の指先に白粉を移して薄く伸び上がった。
「………頂きます」
「はい、召し上がれ」
にこにこと真向かいで微笑む彼――副都心に気圧されるがまま、もふりと摘んだものを口に放り込む。塩豆と言うだけあって、ほどよく塩気の効いた中にいい具合に入った豆が食感の違いを生んで、舌に心地よい感触をもたらしてくれる。
そう。「それ」とは、ここ数日毎日のように副都心が食後に持ってくる、エチカで売っている小さな大福だった。
「ん、うまい」
一口大とは言え、本当に一口で食べてしまっては流石に品がない(ちなみに、一度同じ大福を丸ノ内が一口で食べて、銀座に「めっ」と言われたのを見た事がある)。なので丁度二分割になるように囓ってから、淹れておいた緑茶を飲む為に手元のマグカップへと手を伸ばす。
「おいしいのはいいんですけどね、先輩」
ごくりと緑茶を嚥下した矢先にぽつりと呟いた言葉に、ん、と相槌を打ちながら、残りの半分に手を伸ばす。
「それ、ちゃんと分かって食べてくれてます?」
「は、何が」
むっとした表情の後輩に小首を傾げつつ、半分の大福を口に放り込む。えー、とぶすくれたように不満げな声を上げて、彼は頬杖をついてこちらを見つめてきた。
「僕が毎日毎日、先輩への愛を込めて渡してるのに、当の先輩は全く気にしないで食べちゃうんですね」
全くつれない人ですね、とぼやいた言葉に、思わず有楽町の瞳が丸くなった。愛を、込めて?
「こんな小さい大福を一つずつ贈って、何が愛だよ、何が」
「………先輩が色気より食い気の方なのは僕も十分承知ですが」
はあ、と息を吐いて、副都心が今し方大福を平らげたばかりで粉に汚れた指先へと、おもむろに手を伸ばしてくる。
「食べるものの形くらい、ちゃんと見てから食べて下さいよ」
「形?」
「そうです」
きゅ、と指先を握ったまま、空いているもう片方の手が有楽町の口元に触れる。やはり粉が付いてしまっているのだろう、ごしごしと拭うように親指を滑らせながら、先輩、と、まるで子供に言い聞かせるような口調で囁かれる。
「その大福、小さなハートになってるんですよ」
「はあ?」
「だから言ったじゃないですか、愛、って」
先輩今までそんな事も分からないで食べてたんですか、と罵られて、今更ながらに気が付く。
そう言われてみれば、今までに渡されていた色とりどりの大福は、全て丸い形ではなく、言ってしまえばどこかいびつな形状を成していたような気がする。それこそ、そう、愛らしいハートのような。
「………子供かよ、お前は」
マグカップを握ったまま手を離せないのも照れ隠しだと、きっと気付かれてしまっている。ちらりと試しに上げた視線の先にはしたり顔の副都心がいて、にんまりと微笑む茶の瞳と目があった。
一度つと目を交わしてしまうと、どうにも外しがたい。そう思ってしまうような抗いがたい引力が副都心の目にはあって、有楽町はいつもそれに絡め取られてしまうのだ。
「子供と言われようが何と言われようが構いませんよ、先輩が僕に振り向いて下さるのなら、ね」
「うわっ」
今し方有楽町の口元を拭ったばかりの白くなった親指の腹をぺろりと舐め上げて、副都心が恣意的に笑む。どこか蠱惑的な微笑みからどうにか目を引き剥がしながら、有楽町は目の前の後輩には聞こえないようにと心中で呟く。
(振り向く、とか。馬鹿かっつーの)
手を握られて、口元を拭われて。普通の人間ならば、それだけで拒絶反応が出るはずだろう。
(――気付けよ、ばーか)
それとも、気付いて言っているのだろうか。それすら判別が付かなくて、有楽町はひたすらに苦い顔を作る。
こんなもの、当てはめるとしたら餌付け以外の何者でもない。稚拙すぎてきっと、駆け引きにもなりはしない。
どちらかが折れるまで、この些細な貢ぎ物は続くのだろう。どちらかが音を上げて、折れてしまうまで、ずっと。
「明日も持ってきますね、違う味」
すっかりなくなった大福が置いてあった袋を見遣りながら、副都心がどこか宣言めいた口調で告げる。
もう何度目になるか分からない言葉も、心のどこかがくすぐったく感じている。明日も繰り広げられるであろうやりとりを思いながら、有楽町は勝手にしろ、と小声で短く言い捨てるのであった。
(20100326)