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【FY】詰め合わせ

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paint it brown



 思い出した事がある、と前置きして、有楽町はある事を話す為に口を開いた。
 時間は既に深夜を回っていて、今夜も何となくの雰囲気で副都心と雪崩れ込んでしまった有楽町の隣には、自分と同じように下着だけを身に付けた状態の副都心が横になっている。年下の癖に生意気にも自分を寝かしつけようとしていた手をやんわり頭から外し、しかしその手を握ったまま、口火を切る。
「オレさ、寝た事あるんだよ、西武池袋と」
「は?」
「一度だけ、大分前だけど」
 髪を撫でようと伸ばした手を制止され、挙げ句予想外の言葉を聞いたからだろう。副都心の顔があからさまに険を含んだものになった。きつくなった視線を敢えてかわす事もしないで受け止め、有楽町は副都心の顔を見ながら話を始めた。
「あいつ、前は4月の終わりになるとよく荒れててさ」
「……何でまた」
「命日があるから」
 誰のとは言わなかったが、どうやらそれで通じてくれたらしい。眉間の皺はそのままにはあ、と相槌を打った副都心に頷きだけ返して、有楽町は昔話を続ける。
「勿論、運行に支障が出る訳じゃない。でもあいつ、その間だけ目の下にすっごい隈作るんだよ。いかにも眠れてません、みたいな。だからオレ、言ったんだよ、見てらんない、って」
「……それで?」
「じゃあ貴様が何とかしろ、って言われた」
『では貴様が何とかしてみせろ、営団の有楽町。私にあの方を思い出すなと言うのであれば、それ相応の事をしてみせろ』
 ひどい隈を作って、コンタクトの入れた目を充血させて、あの日の西武池袋はそう有楽町に言い放ってみせたのだ。
「で、寝た。一度だけ、あいつの宿舎に行って」
「……ちなみに聞きますけど、どっちが上だったんですか」
「オレ」
 予想通りだったのかそれともその逆だったのか、むっつりと副都心が黙り込んだ。
「……そんな顔すんなよ」
 己の膝を抱くように抱えて膝頭へ片頬を押し付けながら、有楽町は沈黙を破る為に小さな笑い声を立てた。珍しく不機嫌さを前面に押し出した顔の副都心の目は、それでも自分の方へひたと向いている。その事が、こんな時にやけに嬉しく思えた。こんな話をしている時だからこそ、なのかもしれない。
「でも、次はなかった。そもそもあいつ、終わった後に『では貴様は営団へ戻れ』とか言うし、次の日もいつも通りだったし。……ただ、オレはいつもより少しだけ、あいつの事気にしてたんだ」
 暫くの間だけ、と付け加えて、有楽町は口の端に苦笑いを浮かべた。
「で、暫くして気が付いたんだよ。ああ、オレ勘違いしてたんだ、って」
 有楽町に握られたままの手指を僅かに動かして話を促すだけで、副都心は何も言わなかった。言う気も失せたのかもしれないし、ピロートークにしてはあんまりな話題に怒っているのかもしれない。
 まだ開業してから年数の浅い副都心としては、存在していなかった頃の話をされるのは面白くないだろう。そう思うと隣でじっと話を聞いてくれている彼に申し訳ない気持ちになったが、一度話を始めてしまった以上止める事も出来ない。結論から話し始めているので、今更話を打ち切るのも意味がなかった。
「もう本当にどうしようもなかったから池袋はああ言っただけで、オレが相手だから言ったって訳じゃないんだな、ってふと気付いてさ。……それでオレも、余計に気遣うの、止めた」
 そもそも、最初から「誰か」の代わりなのだと言う事は分かっていた事だ。同性の相手も有楽町が初めてと言う風にも見えなかったし、有楽町とて西武池袋に恋愛感情があったかと聞かれると非常に怪しく、ただ傷付いた小鳥が雨に打たれてるのが可哀想だったから、と言う感覚に近かった。
 ただ、それでもショックを受けたのは覚えている。傷付いたと言うよりも拍子抜けしたと言った方が正しい程度のそれは、それでも当時の有楽町の心にそれなりのダメージを負わせたのである。
「ああ、馬鹿だなオレ、って思った。たった一言だけ、たった一晩だけで、池袋に許されたと思ったんだ。あいつの事理解する事とか、近付く事とか、色々」
 膝から顔を上げて、有楽町は副都心の顔をじっと見つめる。その顔からはいつの間にか険しさが消えていたが、瞳は何か言いたげな色を孕んで有楽町を見つめていた。
「……それで」
「それでって、結局そのままだよ。暫く経ってからはオレも普通に接するようになったし、あいつもいつの間にか四月になっても隈作らなくなったし、それで」
 おしまい、と続けようとした有楽町の手に包まれていた副都心の手がひくりと動く。気が付けば手の中は空になっていて、握っていたはずの手に手首を掴まれていた。そのままヘッドボードへ押し付けられて、無理な体勢を強いられた有楽町の背骨が小さく軋む。
「ふくと……っ」
「それで、先輩は何が言いたいんですか。……そんな話を、今更、今、僕にした意味は、何ですか」
 犯しますよ、と馬乗りになって続ける副都心の目が、まるで泣く寸前かのように揺らめいていた。
 そんな風に不安げな副都心の瞳を見るのは久し振りだった。まだ彼が今よりうんと小さくて運行に手慣れていなかった頃、おろおろと自分を見上げていた目だ。
「隠すのも悪いと思ったんだよ。一応お前に義理立てしたつもりだったんだけど、言わなかった方がよかったか?」
「……それは」
「それにもう、あんまり覚えてないんだ。昔だったって事もあるけど」
 顎を仰け反らせて、まだ何か言いたげな瞳を見つめながら、そっと触れるだけのキスをする。
 西武池袋とのセックスがどんなものだったかなんて、今はもうさっぱり思い出せない。ただ、唇を触れ合わせた瞬間にそく、と自分の奥底で何かが泡を生むような感覚は彼との時にはなかったものだと言う事だけは言い切る事が出来た。きっと、副都心に言ったって分かる感覚ではないだろうけれども。
「もう全部お前が塗り潰しちまったよ」
「………、先輩」
 きっと諦念が見て取れるであろう、顔に浮かぶ笑みの真意を、目の前にいる男が分かってくれていればいい。
「何か他、言いたい事は?」
「……ないです」
 強く掴まれていた手首が解かれて、素肌の肩口に脱力した副都心の頭が埋まる。その短い髪に指を差し入れながらぽんぽんと背中を叩いてやると、子供扱いされた事に腹を立てたのだろう、すっかり汗の引いた首筋をぺろりと舐めて副都心が言う。
「ただ、明日どんな顔をして西武池袋さんと挨拶すればいいのかさっぱり分かりません」
 その口調があまりにもうんざりとしたものだったので、有楽町は情交の後で掠れた声を震わせて、ごめん、と笑ったのであった。

(20090913)[newpage]
[chapter:精進なさい若人よ]

「おはよう、池袋」
「……おはよう御座います、池袋さん」
 小竹向原駅で鉢合わせになったメトロの二人は、なぜか対照的な表情をしていた。
 有楽町はいつも通りの笑顔だからいいとして、副都心の方がいつもと違う。いつもならば腹が立つ程嫌味な笑顔だと言うのに、今日に限っては目すらろくに合わせない有様だ。
「……副都心? どうかしたのか、貴様」
「いえ、別に」
「あー、池袋、そいつ構わなくていいよ」
作品名:【FY】詰め合わせ 作家名:セミ子